親の介護施設への入居をきっかけとして、親の家が不要になるケースは少なくありません。
介護施設への入居を機に親の家を売却することで、施設費用や医療費の捻出につながるほか、居住用財産の3,000万円特別控除など税制上のメリットを受けられる可能性があります。また、相続時の遺産分割が整理しやすくなり、空き家の管理負担や固定資産税の軽減にもつながります。
こうしたメリットを活かすためにも、売却にあたっては、まず親の同意を得ることと、親に意思能力があるかどうかを確認することが重要です。まずは現在の状態を整理し、どの方法が取れるのかを確認しましょう。
| 親の状態 |
売却手続きの考え方 |
| 意思能力がある場合 |
委任状を作成すれば、子などの代理人が売却手続きを進めることが可能です。
売買契約時には、親本人の意思確認が行われます。
|
| 意思能力がない場合 |
成年後見制度の利用が必要です。
家庭裁判所への申立てと後見人選任後、家の売却には原則として裁判所の許可が求められます。
|
とくに意思能力がない場合は、成年後見制度の利用により時間や費用がかかることも少なくありません。後のトラブルを避け、スムーズに売却を進めるためにも、早い段階で家族や、弁護士や不動産会社といった専門家に相談しておくことが大切です。
本記事では、施設に入った親の家を売却する際の基本的な考え方から、親の意思能力に応じた具体的な手続きの選択肢、売却時に注意すべきポイントまでを、専門的な視点からわかりやすく解説します。親の状況や家族構成に応じて、どの方法を選ぶべきか判断するための参考としてご活用ください。
施設に入った親の家を売却する方法
施設への入居をきっかけに親の家を売却する場合、まず理解しておきたいのは、不動産の売却は原則として名義人本人しか行えないという点です。
高齢の親がいる家庭では、日常生活の支払い管理や銀行手続きを子どもが代行しているケースも多いでしょう。
しかし、不動産の売買契約は金額が大きく、生活への影響も大きいため、「本人の意思に基づく判断」が強く求められる行為とされています。
親がまだ元気で、家の売却について十分に理解し、前向きな意思を示している場合は、本人が主体となって不動産会社と契約し、売却活動を進めるのが基本的な流れです。
一方で、施設入居後は体力や健康面の問題から、内覧対応や契約手続きといった売却活動そのものが大きな負担になることも少なくありません。
また、認知症などにより判断能力が低下している場合には、売却の意思確認ができず、通常の方法では売却できないケースもあります。
施設に入った親の家を売却する際は、「親の意思能力の有無」や「売却手続きをどこまで本人が担えるか」を整理したうえで、状況に合った方法を選択することが重要です。
名義人本人が家を売却する方法
親本人が売却の意思を明確に持ち、判断能力にも問題がない場合は、一般的な不動産売買と同じ流れで家を売却できます。
まずは不動産会社に査定を依頼し、売却価格や条件を比較したうえで、媒介契約を結びます。その後、販売活動や内覧対応、売買契約の締結、引き渡しといった手続きが進みます。
ただし、不動産の売却は想像以上に精神的・体力的な負担がかかる点には注意が必要です。価格交渉や契約内容の確認、内覧対応などは、高齢の親にとって大きなストレスになることもあります。
そのため、子どもや家族がスケジュール調整や情報整理をサポートし、本人が無理のない形で売却に関われる環境を整えることが大切です。
不動産会社を選ぶ際も、価格だけでなく、説明の丁寧さや高齢者対応に慣れているかといった点を確認しておくと安心でしょう。
不動産会社にはそれぞれ得意分野や対応姿勢に違いがあります。親が安心して任せられる担当者かどうかを見極めるためにも、複数社に相談し、比較検討することをおすすめします。
名義人以外が家を売却する方法
名義人である親ではなく、子供が家を売る場合、状況によって3つの売却方法が考えられます。
- 親が売却に同意している場合は「委任契約」
- 親が認知症になっている場合は「法定後見制度」
- 親が元気で売却するのがまだ先なら「任意後見制度」か「家族信託」
急いで介護費用を捻出したい場合や、親が介護施設に入所することがすでに決定している場合は、委任契約か法定後見制度を利用しましょう。
いますぐ家を売却するのではなく、将来に備えて施設に入った親の家を売却できるようにしておきたいという場合は、親子で話し合って任意後見制度や家族信託の準備を進めましょう。
親が売却に同意している場合は「委任契約」
委任契約とは、代理人を立てて、家の売却に必要な手続きを代行してもらう方法です。委任契約を結べば、本来は名義人がおこなうべき売却活動を、代理人が代わりにおこなえます。
「親も家の売却に同意しているが、本人が売却活動をするのはむずかしい」という場合は、委任契約を結んで代わりに手続きを進めましょう。
代理人になるための資格はないため、名義人にとって信頼できる人であればだれでも選任可能です。自分の子供はもちろん、弁護士や司法書士に依頼する場合もあります。
委任契約を結ぶには、委任状の作成が必要です。自分でも作成できるので、詳しくは下記の関連記事を参考にしてください。
ただし、委任契約はあくまで「本人に判断能力があること」が条件です。認知症などで判断能力が低下している場合、委任契約は結べません。
親が認知症になっている場合は「法定後見制度」
認知症などにより、親の判断能力がすでに低下している場合は「法定後見制度」を使います。
法定後見制度は、家庭裁判所によって選任された後見人が、被後見人の財産を管理・保護する制度です。
選任された後見人は、被後見人の利益を守る目的であれば財産を処分できます。介護施設への入居やその後の生活資金として必要であれば、家の売却も可能です。
注意点は、後見人は必ずしも被後見人の家族が選ばれるとは限らない点です。弁護士や司法書士といった第三者が選任されると、申立て費用とは別に月3万~12万円程度の報酬を支払う必要があります。
後見制度は被後見人が亡くなるまで継続されるため、家の売却後もコストがかかってします。法定後見制度は、親がもつ他の財産も考慮しつつ、弁護士と相談してから申し立てましょう。
参照:法務省「法定後見制度について」
参照:東京家庭裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」
親が元気で売却するのがまだ先なら「任意後見制度」か「家族信託」
上記のとおり、親が認知症になってから家を売却しようとすると、一定のコストが発生してしまいます。親が認知症になった場合の備えは、早めにしておくべきといえるでしょう。
将来的に子供の判断で施設に入った親の家を売れるようにしておく方法としては「任意後見制度」と「家族信託」の2つがあります。
任意後見制度は、被後見人となる本人が、判断能力があるうちに自分の後見人となる人を指定しておく制度です。家族を指定しておけば第三者への報酬も発生しないため、法定後見制度よりコストを抑えられます。
家族信託は、財産の管理や処分を家族に委任する方法です。後見制度は被後見人の判断能力が低下しないと開始できませんが、家族信託はすぐに開始できます。
また、家族信託の場合は、財産の活用も委託された人(受託者)の権限でおこなえます。家の賃貸運用や節税目的の生前贈与など、売却以外の選択肢も検討したい場合は家族信託がおすすめです。
施設に入った親の家を売るときに注意すべきこと
ただし、子供が施設に入った親の家を売る場合、以下の3点には注意しましょう。
- 売却活動は早めにはじめる
- 信頼できる不動産会社を探す
- 売却の翌年に忘れず確定申告をおこなう
介護を理由に施設に入った親の家を売る場合、売却活動を急いでいるケースも多いと思います。
そんなときでも、上記3点を注意しておけば、家の売却に失敗する可能性を減らせるでしょう。
売却活動は早めにはじめる
施設に入った親の家を売ると決めた場合、できるだけ早めに売却活動をはじめましょう。
家の売却にかかる期間は数ヶ月~半年程度が一般的です。場合によっては、1年以上かかる場合もあります。
家の売却益から介護費用を捻出したい場合、なるべく早く売却して代金を手にしたほうがよいでしょう。
また、不動産は維持するだけで固定資産税がかかります。毎年1月1日の所有者に課税されるため、年末までに物件の引渡しと決済を済ませられるのがベストといえます。
空き家のまま放置はさまざまなリスクがある
親がすでに引越しており、家が空き家になっているのであれば、なおさら早く売却すべきといえます。
建物が老朽化しており、いまにも倒壊しそうな状態の場合、近隣の人が倒壊に巻き込まれてしまう恐れがあります。その結果、損害賠償を請求されるかもしれません。
また、空き家が犯罪に利用されたり、自治体から「特定空き家」に指定されて罰則を受ける可能性もあります。
家の売却における税金の優遇制度は「住まなくなってから3年」が期限
不動産を売却した場合、売却益(譲渡所得)に対して譲渡所得税が課されます。
しかし、マイホームとして使用していた家を売却したとき、3,000万円までの譲渡所得を控除し、非課税にできる特例があります。
この特例の要件に「住まなくなってから3年が経過した日が属する年の年末」というものがあるため、親が家を出てから3年以内に家を売却しなければ控除を受けられません。
その他の要件や手続きについては、国税庁のホームページで確認できます。
参照:国税庁「マイホームを売ったときの特例」
信頼できる不動産会社を探す
家の売却でもっとも重要なのは「信頼できる不動産会社探し」です。どんな不動産会社を選ぶかで、売却価格や売れるまでの期間に違いが出ます。
不動産会社には2種類あり、仲介業者と買取業者にわけられます。仲介業者は家の買主を探すのに対し、買取業者は依頼された家を直接買い取ります。
家をすぐに売りたい場合や、事故物件などで売りにくい物件は買取業者への依頼がおすすめですが、なるべく高く売りたいなら仲介業者に依頼したほうがよいでしょう。
また、不動産会社ごとに独自の強みや特徴があるため、大手だからといって納得のいく売買ができるとは限りません。場合によっては、地元密着型の不動産会社のほうが高値で売れることもあります。
売却の翌年に忘れず確定申告をおこなう
親の家を売却した場合、たとえ売却益が出ていない、あるいは「3,000万円特別控除」によって税金がかからないケースであっても、原則として売却の翌年に確定申告が必要です。 これは、特別控除や軽減税率といった税制上の特例は「自動的に適用されるものではなく、確定申告を行って初めて適用される」ためです。
確定申告を怠ると、本来は税金がかからなかったはずの取引であっても、特例が使えずに譲渡所得税を課される可能性があります。さらに、申告漏れが指摘された場合には、延滞税や加算税が発生するリスクもあるため注意が必要です。
申告にあたっては、売買契約書、取得時の契約書や領収書、登記事項証明書など、複数の書類が必要になります。親名義の不動産であれば、委任状や代理売却の経緯を示す資料を求められることもあります。
こうした書類の準備や申告内容に不安がある場合は、税理士などの専門家に早めに相談することで、手続きの負担や申告ミスを防ぐことができます。
施設に入った親の家を売却する際に住宅ローンが残っているときはどうする?
「介護施設に入ったことで親の家を売却したいが、住宅ローンがまだ残っている」というケースも少なくありません。
この場合、住宅ローンの有無や残債額によって、取れる売却方法が大きく変わるため注意が必要です。
原則として、住宅ローンが残っている不動産には金融機関の抵当権が設定されています。
そのため、ローンを完済し、抵当権を抹消しなければ、通常の売却はできません。
売却代金や親(名義人)の預貯金を使って住宅ローンを完済できる場合は、抵当権を外したうえで一般的な売却手続きを進めることが可能です。
一方で、売却益だけではローン残債を返しきれない場合には、別の対応が必要になります。
住宅ローンの残債を完済できないまま売却するには、抵当権を持つ金融機関の承諾が不可欠です。
承諾を得ずに売却を進めてしまうと、契約違反として残債の一括返済を求められる可能性があるため、必ず事前に金融機関へ相談しましょう。
住宅ローンの残る家は「任意売却」で売却できる
売却益だけでは住宅ローンを完済できない場合に検討されるのが「任意売却」です。
任意売却とは、金融機関の同意を得たうえで不動産を売却し、売却後に残ったローン残債について返済方法を改めて取り決める手続きです。
競売と違い、市場価格に近い金額で売却できる可能性が高く、周囲に事情を知られにくい点が特徴です。
任意売却後の残債は、親の年金収入などを考慮した無理のない分割返済になるケースが一般的ですが、返済義務そのものが消えるわけではありません。
また、親が亡くなった場合、残っている住宅ローンの返済義務は原則として相続人に引き継がれます。
相続放棄や限定承認を検討すべきケースもあるため、早めの判断が重要です。
さらに、親がすでに判断能力を欠いている場合には、任意売却を進める前提として成年後見制度の利用が必要になることもあります。
このように、施設入居後の住宅ローン付き不動産の売却は、法的・実務的な検討事項が多く、自己判断で進めるのはリスクが高いといえます。
任意売却を検討する段階では、不動産会社だけでなく、弁護士や司法書士などの専門家に相談し、相続や後見制度も含めた全体像を整理することが大切です。
まとめ
介護施設への入居をきっかけに親の家を売却する場合、最も重要なのは「名義人である親の意思能力の有無」に応じて、適切な手続きを選ぶことです。
親に判断能力があり売却に同意しているのであれば、委任契約を結ぶことで子どもが代理人として売却を進めることができます。一方、認知症などで意思能力が低下している場合は、法定後見制度の利用が必要となり、時間や費用がかかる点には注意が必要です。
また、売却によって介護費用や医療費の捻出ができるだけでなく、3,000万円特別控除などの税制優遇を受けられる可能性や、将来の相続トラブルや空き家管理の負担を軽減できる点も大きなメリットといえます。こうした利点を十分に活かすためには、売却のタイミングを逃さず、早めに検討を始めることが重要です。
親の体調や家族構成、資産状況によって最適な方法は異なります。判断に迷う場合は、家族だけで抱え込まず、不動産会社や弁護士、司法書士などの専門家に相談しながら、将来を見据えた対応を進めていきましょう。