遺産分割前でも相続人全員が合意すれば不動産の売却は可能
結論から申し上げますと、遺産分割協議が完了する前であっても、相続人全員の合意があれば相続不動産を売却することは可能です。
相続が発生すると、遺産分割が完了するまでの間、不動産は相続人全員で共有している状態となります(民法898条)。そのため、最終的な遺産の分け方が決まっていなくても、共同相続人全員が「売却しよう」と足並みを揃えれば、不動産取引を進めることができるのです。
ただし、実務上は以下の手順を厳格に踏む必要があります。
- 前提条件:
1人でも反対すれば、原則として不動産全体の売却は不可。行方不明者がいる場合も、不在者財産管理人の選任などが必要となり、即時の売却はできません。
- 登記手続き:
亡くなった方(被相続人)の名義のままでは売却できません。売買契約等の前に、まずは相続登記を完了させる必要があります。
相続登記においては、法定相続分による共有登記以外の選択肢として、換価分割を前提として特定の相続人名義に登記したうえで売却する方法が取られることもあります。
もっとも、この方法は「誰の名義にするか」で感情的な対立が生じやすく、実務上は司法書士などの専門家を交えながら、売却代金の分配方法まで含めて事前に合意内容を書面化しておくケースが一般的です。
実務上の取り扱いやリスクを整理すると、以下のようになります。
- 遺産分割前に売却した場合の扱い:
法的には「遺産分割の対象」から外れますが、実務上は売却代金を遺産とみなして分ける合意(換価分割)を結ぶのが一般的です。
- 同意なく進めた場合のリスク:
他の相続人からの損害賠償請求だけでなく、買主に対する違約金発生など、金銭的な実害が生じます。
遺産分割前に売却した不動産は遺産に含まれない
法的な解釈としては、遺産分割前に相続人全員の同意によって売却された不動産は、遺産分割の対象からは外れることになります。
これは、昭和52年9月19日の最高裁判決においても示されており、「遺産分割前に相続財産を売却した場合、その不動産も、代わりに入ってくる代金債権も、当然には遺産分割の対象とならない(個々の相続人が持分に応じて個別に取得する)」とされています。
しかし、ここは法律と実務でギャップが生じやすいポイントです。
法律上は「遺産ではない(個々のもの)」とされますが、実際の現場では、売却代金を「事実上の遺産」として扱い、諸経費や税金を差し引いた残金をどう分配するかを話し合うケースが大半です。
弊社にも遺産分割前に家の売却を検討している方から「現金化した後、どう分ければ揉めないか困っている」というご相談をいただくことがあります。遺産分割前の売却における実情として、各家庭によって事情が異なり、単純に法定相続分どおりに分けるだけでは解決しないケースも少なくありません。
たとえば、生前に被相続人の介護を担っていた相続人がいる場合や、他の相続財産とのバランスを考慮する必要がある場合には、最終的な分配割合について協議が長引くこともあります。
実務上は、売却前の段階で「売却代金をどのように分配するか」を明確に定めた換価分割の合意書を作成し、司法書士や弁護士などの専門家へ相談しながら進めるのが現実的な方法です。
同意なく売却した場合は損害賠償を請求される恐れがある
相続人全員の同意を得ずに、勝手に売却を進めようとする行為は極めて危険であり、不法行為上の責任を問われる可能性があります。
売却に伴う所有権移転登記の際、司法書士が相続人全員の意思確認と実印・印鑑証明書の照合を行うため、誰かが勝手に登記を動かすことは通常できません。
しかし、以下のようなケースでは深刻な法的責任を問われます。
- 契約の不履行:
自分以外の相続人の同意を取り付けていないにもかかわらず、「私がまとめて説得するから大丈夫」と独断で買主と売買契約を結んでしまった場合、最終的に引渡しができず、高額な違約金を請求される恐れがあります。
- 無権代理・不法行為:
他の相続人の実印を無断で持ち出すなどして売却を進めた場合、民法上の不法行為として、他の相続人から損害賠償を請求されるだけでなく、刑事事件に発展する可能性もあります。
遺産分割協議前に相続不動産を売却する手順
遺産分割協議前に相続不動産を売却するためには、相続人同士の合意形成や相続登記など、事前に整理すべき事項が多くあります。主な手順としては以下の7つです。
- 相続人を確定する
- 相続人全員の売却同意をもらう
- 代表者を選び売却を委任する
- 相続登記をおこなう
- 売却手続きを行う
- 売却で得た金額を分配する
- 譲渡所得税を申告・納税する
次の項目から一つずつ解説をしていきますので、ぜひ参考にしてみてください。
相続人を確定する
遺産分割協議前であれば、誰が相続人となるのか確定しなければいけません。
なぜなら、被相続人が離婚や再婚をしている場合、家族形態が複雑化している可能性もあるからです。そのため、思いもしない相続人が現れることも考えられます。
例えば、離婚した夫婦の間に子どもがいる場合、その子どもには相続権が認められます。
実務においても「兄弟だけが相続人だと思っていたが、被相続人に認知した子がいた」「長年連絡を取っていない相続人がいた」といったケースは珍しくありません。
相続人を確定するためには「被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本」を取得する必要があります。
取得できたら「誰と結婚したのか」「子どもが何人いるのか」などの情報が記録されているため誰が相続人になるのかを調査しましょう。これで相続人の確定が完了します。
戸籍謄本は市区町村の役所で入手できる
戸籍謄本は相続人を確定するために必要な書類です。従来は被相続人の本籍地を管轄する市区町村役場でしか取得できませんでしたが、令和6年3月1日から始まった「戸籍証明書等の広域交付制度」により、本籍地以外の市区町村役場でも取得できるようになりました。
そのため、本籍地が遠方にある場合でも、最寄りの市区町村役場で戸籍謄本を取得できるケースがあります。窓口で申請する際は、相続手続きで必要なことを伝えるとスムーズです。
また、従来どおり郵送申請に対応している自治体もあります。郵送申請する場合は、下記の書類を同封するのが一般的です。
- 申請書
- 定額小為替
- 返信切手を貼った返信用封筒
- 身分証のコピー
ただし、申請書類や手数料などは各自治体によって異なります。申請先の役所に電話で問い合わせたりホームページを参照してみましょう。
相続人全員の売却同意をもらう
相続人を確定したら、全員から物件売却の同意をもらう必要があります。
第二百五十一条 各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。出典:民法第251条
条文に記載されている「共有物の変更」には売却も含まれます。
また、不動産会社と媒介契約を締結する際には、以下2つの方法があります。
- 相続人全員が媒介契約書へ署名・捺印する方法
- 相続人のうち1人が代表者となり、他の相続人が「不動産売却および媒介契約締結に関する権限」を委任する方法
ここで重要なのが「法律上売却できるか」だけではなく、相続人間で感情的なしこりを残さないことです。弊社へのご相談でも「説明不足で親族関係が悪化した」「突然売却の話をされて反発された」といったケースは少なくありません。
相続人から売却同意をもらうには、価格や分配方法だけでなく「なぜ売却が必要なのか」まで丁寧に共有することが、実務上は非常に重要です。
同意をもらえなかった場合は弁護士に相談してみよう
時間をかけて話し合ったとしても、必ずしも全員から売却の同意をもらえるわけではありません。
例えば、思い出のある家や土地を手放したくないと考える人もいます。
ただし、相続した不動産を利用する相続人がいなかった場合、空き地・空き家などになってしまいます。近年は空き家問題への対応も厳しくなっており、そのまま放置して管理不全状態になると行政指導の対象となる可能性もあります。
そのため、売却に反対する相続人に対しては「放置による負担やリスク」を共有することも大切です。売却の同意を得るためには、相続した不動産を放置するリスクについても伝えることも大切です。
それでも交渉や説得が苦手という人は、不動産関係に詳しい弁護士に相談するとよいです。
不動産に関する知識を法律に詳しい専門家に依頼することで、トラブルなく話し合いを円滑に進められます。
代表者を選び売却を委任する
無事に相続人全員から売却の同意をもらえたのであれば、相続人の中から代表者を選び売却を委任するとよいです。
代表者を立てない場合、買主と売買契約を交わすときに共有者(相続人)全員が実印と印鑑証明書を用意して、その場で署名しなければいけません。
遠方に住んでいたり忙しくて立ち会えないという理由で、相続人が一人でも欠けてしまうと売却できなくなってしまいます。
しかし、代表者を立てれば、他の相続人は印鑑証明付きの「委任状」を用意するだけで良く、契約時に立ち会う必要もありません。
実務上も、相続人が3名以上いる場合は代表者方式を採用するケースが多い印象です。代表者を選んで売却することで、買主と契約や引き渡しなどの日程を調整しやすくなり、スムーズに相続不動産を売却できます。
相続登記をおこなう
代表者を選任したら相続登記をおこないましょう。
被相続人名義のままだと、所有権は被相続人のままになるため、第三者に対して権利関係を対抗しにくくなります。所有権がなければ相続した不動産の売却ができないほか、被相続人から買主へ所有権を直接移転させることもできません。
なお、相続登記は2024年4月から義務化されており、不動産を相続したことを知った日から原則3年以内に相続登記を申請する必要があります。正当な理由なく期限内に登記を行わなかった場合には、10万円以下の過料となる可能性があります。
ここで注意すべき点をお伝えします。遺産分割前でもできる相続登記は、法定相続分による登記(共有で登記)のみです。「遺産分割協議前に売却を進めたい」という場合は、相続人全員の法定相続分に応じた共有名義で相続登記を行うことになります。
相続登記の申請手続き自体は、代表者1名が窓口となって進めることも可能です。ただし、これは代表者の単独名義にするという意味ではなく、代表者が相続人全員分の共有登記手続きをまとめて行うという意味です。
弊社にも「遺産分割協議がまとまる前に売却して、できるだけ早く現金化したい」というご相談をいただくケースは少なくありません。特に、空き家の維持費負担や固定資産税の問題から、早期売却を希望される方は実務上多い印象です。
そのような場合には、相続人全員の合意を前提として、共有名義で相続登記を行ったあとに売却し、売却代金を後から分配する「換価分割」をご提案することがあります。
ただし、後々のトラブル防止のためにも「売却代金をどのように分配するか」は事前に書面化しておくことが重要です。
また、実務上は売買契約や決済の場に相続人全員が関与するケースも多く、代表者のみで手続きを進める場合には相続人全員の委任状が必要です。
一人でも委任状の準備が間に合わなかったときは、売却スケジュールに支障が出る可能性があります。
特に、委任状や印鑑証明書の準備が間に合わず、決済延期になるケースは珍しくありません。スムーズな売却を目指すのであれば、できる限り単独名義で相続登記をおこなった方がよいといえます。
手続きの負担を減らすために代表者の単独名義で登記したいなら、「売却を目的として便宜上代表者の単独名義にします。」という内容の遺産分割協議書を作成し、遺産分割を先に成立させる必要があります。
売却手続きを行う
相続登記が完了したら、不動産の売却手続きに移ります。不動産の売買は個人でも可能ですが、不動産会社と媒介契約を結んで手続きを進めるのが一般的です。
単独名義で相続登記を申請した場合は名義人である代表者1名、相続人全員で共同申請した場合は相続人全員が媒介契約書に署名・捺印する必要があります。
媒介契約を結んだ後は、通常の不動産と同じように不動産会社が売主に代わって売却活動を行います。買主が見つかったら売主と買主が売買契約を結び、決済日に買主から売却代金の支払いを受けたら、不動産の所有権を売主から買主に移す所有権移転登記を行います。
売却で得た金額を分配する
不動産を買主に引き渡したら、売却によって得た代金を各相続人に分配します。実務上は、売却前に取り決めた換価分割合意に従って分配されるケースが一般的です。
なお「売却代金を遺産として再度遺産分割協議の対象にする」という内容で合意している場合は、売却後に改めて遺産分割協議を行うこともあります。
7.譲渡所得税を申告・納税する
相続不動産の売却によって利益が生じた場合は、その利益に対して譲渡所得税が課税されます。譲渡所得税は、不動産を買主に引き渡した日に属する年の翌年の2月16日から3月15日までに管轄税務署で申告・納税しなければなりません。
ここで実務上、注意すべきなのが、単独名義の場合は代表者のみが納税義務者になるとは限らないことです。譲渡所得税は、実際の権利帰属や換価分割合意の内容に応じて各相続人に課税されます。
「誰にどのように課税されるのか」は、税理士へ確認しながら進めるのが最適な方法です。
なお、相続財産の売却によって利益が生じた場合は、相続税の一部を譲渡資産の取得費に加算できる「取得費加算の特例」が利用できます。
特例の適用によって加算された取得費の分だけ課税所得が減少するため、譲渡所得税の負担も軽減できます。ただし、特例の適用を受けるためには、以下のすべての要件を満たす必要があります。
- 相続または遺贈によって財産を取得した人
- 適用する財産を取得した人に相続税が課税されていること
- 相続開始の翌日から3年10ヶ月以内に適用する財産の譲渡が完了していること
もっとも、適用の可否は個別事情によって異なるため、詳細は税理士などの専門家へ確認することをおすすめします。
単独名義で相続登記を申請する際の注意点
相続した不動産を特定の相続人が単独名義で取得する場合は、誰が不動産を取得するのかを相続人全員で話し合い、全員の合意を得たうえで遺産分割協議を成立させる必要があります。
単独名義で相続登記を申請すれば、共有名義で申請する場合と比べて必要書類や手続き負担を抑えやすく、売却時の日程調整もしやすくなるので実務上も選ばれることの多い方法です。
その一方で注意点もいくつかあります。
| 注意点 |
ポイント |
| 相続人の意思が変わらなくても登録免許税の負担は一人にかかる |
・納税義務者は名義人(登記申請人)のみ、登録免許税の全額負担
・他の相続人への立替請求が必要、負担拒否によるトラブルリスクあり
・事前の負担割合協議が重要
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| 相続人の意思が変わらなくても登記識別情報は全員分発行されない |
・発行は申請人分のみ、他の相続人分は発行不可
・後日発行は不可
・売却時の追加書類作成
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| 相続人の意思が登記後に変わったら更正登記申請が必要 |
・相続割合変更の可能性や売却方針の翻意
・更正登記申請が必要
・安易な単独名義は危険
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ここからは、それぞれの注意点について1つずつ詳しく解説していきます。
相続人の意思が変わらなくても登録免許税の負担は一人にかかる
登録免許税とは、不動産や会社などの登記手続き時に発生する税金のことで、納付義務者は登記上の名義人(登記申請人)です。相続人全員で共同申請した場合は相続人全員が納税義務を負いますが、代表者が単独名義で申請した場合は代表者がいったん登録免許税を納付する形になることが一般的です。
相続人全員で公平に登録免許税を負担させたい場合は、代表者が他の相続人に対して一時的に立て替えた分を請求しなければなりません。しかし、一部の相続人が登録免許税の負担に応じず、トラブルに発展する恐れもあります。
実務上も「売却代金から精算する前提だと思っていた」「誰がどこまで負担するのか聞いていなかった」といった認識違いから、相続人間の関係が悪化してしまったケースは少なくありません。
このようなトラブルを避けるためにも、他の相続人から頼まれて単独名義で申請する場合は、あらかじめ相続人全員で登録免許税の負担割合について話し合っておくことをおすすめします。
相続人の意思が変わらなくても登記識別情報は全員分発行されない
単独名義で相続登記した場合、登記識別情報は全員分発行されません。登記識別情報は従来の登記済権利証に代わるもので、不動産の名義人であることを公的に証明するための重要な書類です。
共有名義で登記申請すれば、登記識別情報も全員分発行されます。一方、単独名義での申請だと、登記識別情報が発行されるのは申請人の分のみです。申請人以外の相続人は、後から登記識別情報を発行してもらうこともできません。
不動産売却時には通常、登記識別情報の提出が求められます。登記識別情報の発行を受けていない相続人は、売却時に登記識別情報に代わる書類を作成する手間や費用がかかります。
相続人の意思が登記後に変わったら更正登記申請が必要
単独名義で相続登記をした後、他の相続人が売却の方針に反対するようになったり、遺産分割協議で各相続人の相続割合が変わったりすることもあります。
相続不動産は法律上の権利関係だけでなく、感情面の問題で方針が変わるケースも少なくありません。実際に弊社へのご相談でも「当初は全員売却に賛成していたが、親族の一人が途中で反対に変わった」「売却価格を巡って意見が割れた」といったケースは一定数あります。
仮にそうなった場合は、相続登記での申請内容を訂正するための更正登記の申請が必要です。相続登記後の更正登記には手間も費用もかかるため、相続人全員が売却に前向きで確実に売却手続きを進められそうな場合を除き、単独名義での相続登記は安易に進めない方が無難だといえます。
遺産分割協議前に相続不動産を売却する際の注意点
遺産分割協議前に相続不動産を売却する際は、通常の不動産売却にはないリスクにも注意が必要です。特に実務上は「売却後に遺言書が見つかった」「売却代金の分配方法で揉めた」といったトラブルが起こるケースもあるため、事前整理が重要になります。
遺産分割協議前に相続不動産を売却する際の注意点として、下記の2点が挙げられます。
| 注意点 |
ポイント |
| 不動産売却後に遺言書が見つかった場合でも所有権は取り戻せない |
・第三者への売却優先、売買契約の取消不可
・売買契約を取り消せない可能性が高い
・受遺者は損害賠償請求の余地
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| 相続人間で売買に関する合意書を作成しておく |
・売却代金の分配ルールを明確化
・法定相続分どおりとならない場合の調整
・仲介手数料・測量費等の負担割合の整理
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ここからは、それぞれの注意点について詳しく解説していきます。
不動産売却後に遺言書が見つかった場合でも所有権は取り戻せない
過去に、「第三者への所有権移転登記がすでに完了している場合、受遺者は遺贈による所有権取得の権利を主張できない」という判例があります。
売却後に遺言書が見つかったとしても、第三者と交わした売買契約が優先されるため、所有権は取り戻せないのが一般的です。
ただし、このようなケースでは本来、相続するはずだったのにそれが不可能となってしまうため、受遺者はその損害を賠償請求できるといわれています。
ここが実務上難しいところです。実際には不動産を売却した時点で相続人全員が遺言書の存在を把握しておらず、そのまま第三者への売却や所有権移転登記まで完了してしまうケースもあります。
もっとも、相続人全員が事情を理解したうえで協議・売却していた場合には、直ちに損害賠償問題へ発展するとは限りません。遺言書の内容や売却に至った経緯、相続人間の合意状況などを踏まえながら、個別事情に応じて法的整理が行われることになります。
後のトラブルを未然に防ぐためにも、遺言書が残されていないかしっかりと確認することが大切です。
参照:最判昭和39年3月6日民集18巻3号437頁
相続人間で売買に関する合意書を作成しておく
遺産分割前に不動産を売却する前には、相続人間で売買に関する合意書を作成しておきましょう。遺産分割前に売却した不動産の売却代金は、相続人間で特別な合意がない限り、法定相続分に応じて各相続人に分配するのが基本です。
しかし、実際にはそれだけで公平にならないケースもあるのが実情です。たとえば、生前贈与の有無や固定資産税・管理費などの負担割合によって「単純に法定相続分どおりでは納得できない」という話になるケースがあります。
この場合は、売却代金を遺産に含めて遺産分割協議で分割方法を決めるといった合意書を作成しておけば、相続人間で公平になるように遺産分割協議で売却代金の相続割合を決定できます。
また、不動産を売却する際には不動産会社に支払う仲介手数料や土地の測量費用、書類の発行費用などさまざまな費用がかかります。これらの費用を誰がどのくらいの割合で負担するのかという点が曖昧だと、後でトラブルに発展する可能性があるため、それについても売却前に相続人間で話し合って決め、合意書に話し合った内容をまとめておきましょう。
なお、合意書は公正証書で作成しておくのがおすすめです。公正証書は、公証役場で公証人の立会いのもと作成します。改ざんが不可能なため証拠力が高いほか、金銭支払義務について強制執行認諾文言付き公正証書としておけば、売却益が支払われなかった場合に裁判を通さず強制執行ができます。
公正証書は後のトラブルを防ぐためにも作成しておくことが望ましいでしょう。
売却代金を分割してもらえないときの対処法
相続人の中から代表者を立てて相続不動産を売却した場合、売却代金の全額はまず代表者に支払われます。しかし、代表者が売却代金を他の相続人に分割しないケースも稀に見られます。
この場合の対策として、下記の2つが挙げられます。
- 【対処法1】遺産分割を請求する
- 【対処法2】民事訴訟を起こす
それぞれの対処について解説しますので参考にしてみてください。
【対処法1】遺産分割を請求する
代表者がいつになっても売却代金を分割しようとしないのであれば、遺産分割するように請求しましょう。
売却代金における遺産分割協議をおこなわない場合は、持分割合に応じた金額を求めることになります。
まずは口頭で請求し、それでも応じてくれない場合は後日の証拠化のため内容証明郵便や書面で請求しましょう。
それでも解決しない場合は、対処法として民事訴訟を起こすことも検討します。
【対処法2】民事訴訟を起こす
売却代金を代表者が分配しない場合、調停や訴訟などの法的手続きによる解決を検討します。相続トラブルは「何を請求するのか」によって、利用する裁判所や手続きが異なります。
売却代金を遺産としてどのように分けるかが決まっていない場合は、まず家庭裁判所へ遺産分割調停(または審判)を申し立てるのが原則です。一方、すでに分配額が確定しているのに支払われない場合や、不当利得として返還を求める場合には地方裁判所等への民事訴訟となります。
なお、法的な請求の性質によって管轄の裁判所が異なるため、必ず弁護士に相談して適切な手続きを選択してください。
民事訴訟を起こす場合、原告または弁護士(訴訟代理人)が裁判所に「訴状」という書面を提出する必要があります。
訴状には請求の目的や請求に至った経緯などを記載し、裁判を起こすための手数料として法律で規定された金額の収入印紙を貼り付けます。
収入印紙の金額については裁判所が公開している「手数料額早見表」を参照するとよいでしょう。
もっとも、実際の相続トラブルでは「売却代金の分配」だけでなく「そもそも何にいくら使ったのか」「費用負担の合意があったのか」といった点まで争点になるケースも少なくありません。
その過程で証拠資料や経緯整理が重要になることから、相続・不動産問題に詳しい弁護士へ相談しながら進めることが望ましいでしょう。不動産関係に強い弁護士であればスムーズに交渉を進めてくれることもあり、トラブルを大きくせずに遺産分割を終わらせられます。
まとめ
遺産分割協議前であっても、相続人全員の合意があり必要な手続きを踏めば相続不動産を売却できます。
必ずおこなわなければならないのは「相続人を確定すること」「全員から売却の同意をもらうこと」「相続登記をおこなうこと」の3点です。
もしも、スムーズに売却したいのであれば、なるべく登記前に代表者を決定して単独名義にしたほうがよいでしょう。
ただし、売却後に遺言書が見つかったり、代表者が売却代金を分割しないなどのトラブルも考えられます。
そのため実務上は、売却価格だけでなく費用負担や売却代金の分配方法まで事前に整理し、必要に応じて弁護士などの専門家と連携しながら進めることが重要です。
特に相続人間で意見対立がある場合や、売却後の分配トラブルが懸念される場合には、早い段階で専門家へ相談しておくことで、後々の大きな紛争を防ぎやすくなります。