賃貸経営を行っている物件のオーナーは、空室が生じて家賃収入が得られなくなる空室リスクへの対策をしっかり行っている方が多いと思います。しかし、いくら空室対策をしっかりと行っていて、入居者がいる状況でも家賃収入が得られないケースがあることをご存知でしょうか?それは家賃滞納です。
「家賃を滞納している入居者がいる場合には、契約を解除して追い出せばいいのでは?」と考える方も多いかもしれませんが、日本の法律では貸主よりも借主を守っているため、すぐ借主を追い出すことはできません。では、どうすれば滞納家賃をスムーズに回収できるのでしょうか?
この記事では、家賃滞納時の督促から立ち退きまでの回収方法について徹底解説します。
滞納された家賃を回収するまでの流れ
安定した家賃収入が期待できるという理由で、分譲マンションやアパートなどを購入して賃貸経営を行っている方も多いと思います。しかし、空室が生じていると、安定した賃料が得られず、融資を受けている場合には返済が滞る可能性もあるので注意が必要です。賃料が得られないのは空室が生じている場合だけとは限りません。入居者がいる状況でも、入居者が家賃を滞納していれば家賃が得られないため、空室が生じているのと同じ状況に陥ります。
「滞納されているのであれば、追い出せばいいのでは?」と思った方も多いと思いますが、そんなに簡単なものではありません。日本の法律では、貸主よりも借主を保護しているため、間違った手順で対応するとトラブルに発展する可能性もあるので注意が必要です。そのため、滞納された家賃をスムーズに回収するには、回収までの流れをしっかり把握することが重要です。滞納された家賃を回収するまでの流れは以下の通りです。
②連帯保証人に連絡
③督促状の送付
④内容証明郵便の送付
⑤裁判
⑥差し押さえ・強制執行
口頭や手紙で支払いを催促する
1つ目のステップは口頭や手紙で支払いを催促することです。賃料の支払方法は、賃貸借契約の内容によって異なりますが、基本的には指定先の口座に賃料を振り込む、または口座引き落としになっているかのどちらかです。
指定先の口座に賃料を振り込むケースでは単純に振込日を忘れている、口座引き落としのケースでは引き落とし用の口座が一時的に残高不足になっている可能性があります。そのため、口頭や手紙で支払いを催促すると意外に解決する可能性もあるため、まず賃借人が忘れていないか確認しましょう。
連帯保証人に連絡
口頭や手紙で支払いを催促しても入金されない場合には、連帯保証人に連絡します。連帯保証人とは、賃貸物件に入居している賃借人(主たる債務者)が何らかの理由で賃料を滞納している場合、代わりに支払う義務を負う人物です。
賃貸借契約では、賃借人との家賃滞納トラブルを防ぐ目的で、連帯保証人を決めているのが一般的です。賃貸人が連帯保証人に連絡して支払いを催促した場合、連帯保証人が賃借人に代わって賃料を支払うことになるため、連帯保証人から賃借人に連絡を取ってくれます。連帯保証人から連絡を受けて、賃借人は「迷惑になっている」と気づくため、基本的には連帯保証人に連絡すれば支払ってくれるケースが多いと言えます。
それでも賃借人が支払わない場合には、連帯保証人から賃料を支払って貰えるケースが多いため、家賃回収はここで解決するのが一般的です。しかし、賃貸契約の際に連帯保証人を決めていなかった、連帯保証人を決めていたものの、既に連帯保証人が亡くなっていた、連帯保証人も支払うことができないというケースではどうすればいいのでしょうか?そこで次のステップとなるのが督促状の送付です。
督促状の送付
連帯保証人に連絡を取ったにもかかわらず、支払いが行われない時は督促状を送付します。最初に送付する手紙は単に賃料の支払いを忘れていないか確認するために送付しますが、督促状は相手が故意に滞納しているものと判断して、強制退去に向けた準備のために送付します。
督促状は数回に分けて送付するのが一般的です。滞納期間が長くなった場合には滞納額が大きくなって回収が困難になるため、1通目は滞納から2週間前後で送付します。1通目で決めた期限までに支払いがない時は、2通目を賃借人と連帯保証人に送付します。滞納から3カ月が経過するまでは、数回に分けて督促状を送付しますが、それでも支払いが行われない場合には、契約解除を促す内容を追加し、これ以上の滞納は法的手段に移るということをしっかりと明記します。
督促状に記載する8つの項目
督促状には以下の8つの項目を記載します。
・賃借人(契約者)の氏名
・賃貸人の情報(氏名・住所・電話番号など)
・物件の情報(所有者の情報・物件の名称・部屋番号など)
・滞納家賃の支払期限
・滞納家賃の振込先
・請求金額
・支払われない場合のペナルティ(遅延損害金の発生や強制退去など)
滞納家賃の支払期限は、督促状を送付してから1週間後を目処に設定しておくのが一般的です。また、請求金額は合計だけでなく、「1カ月の家賃・滞納月数・遅延損害金」に分けて記載することをおすすめします。1カ月以上の滞納が生じている賃借人に対しては、遅延損害金が滞納額に上乗せされること、強制退去によって追い出されることなどを明記して、滞納にはデメリットしかないことを理解させます。なお、遅延損害金の利率は、賃貸契約書に記載されている場合はその利率(上限年14.6%)、記載がない場合は年5%の法定利率を適用します。
内容証明郵便の送付
督促状を送付したにもかかわらず、滞納家賃の支払いに応じて貰えない場合には、裁判所に介入を依頼するしか方法がありません。しかし、裁判のステップに移るには、家賃の納入をオーナーが賃借人に催告(請求)したことを証明する必要があります。そこで使用するのが内容証明郵便です。
内容証明郵便とは、郵便局が提供するサービスの1つです。郵便物の内容や発送日、相手の受け取った日付などを郵便局が証明してくれるサービスです。郵便局が家賃の納入を催告したことを証明してくれることで、「催告した」「されていない」の水掛け論を避けることができます。例えば、家賃滞納している賃借人に対して直接督促状を渡しても、「受け取っていない」と言われた場合には、通常は催告を証明することはほぼ不可能です。しかし、内容証明郵便で催告すれば郵便局が「家賃の催告を行った」と証明してくれるため、スムーズに次の裁判のステップに移行できます。
内容証明郵便に記載する8つの項目
内容証明郵便には、督促状と同じ8つの項目を記載します。催告を賃借人にきちんと行っているかどうかが焦点になるため、督促状と同じ内容を送付しても問題ありません。内容証明郵便に使用する用紙は指定されていませんが、字数や行数の制限、細かな注意点もあるため、以下の郵便局のサイトを事前に確認することをおすすめします。
参照:郵便局 内容証明の謄本の作成方法
内容証明郵便を作成する際は弁護士に代筆して貰うこともおすすめします。弁護士の名前を出すことによってより賃借人にプレッシャーが掛かるため、滞納家賃を回収できる可能性が高くなるでしょう。
裁判
内容証明郵便を送付しても支払いがない場合には、いよいよ裁判に移行します。裁判は、以下の2つのステップで手続きを進めます。
・裁判制度を選ぶ
本人と連帯保証人の財産を調べる
「裁判を起こして勝訴する=滞納家賃を回収できる」と考えている方が多いと思いますが、必ず回収できるとは限りません。もし、本人や連帯保証人に滞納家賃を支払えるだけのお金がない場合には、不動産や自動車などの財産を差し押さえて回収することになります。そのため、本人や連帯保証人にそれらの財産があるか事前に確認しておくことが重要です。確認するのは以下の3つです。
・銀行口座
・自営業者の場合は店舗や事務所
賃借人は賃貸なので不動産を所有していませんが、連帯保証人の住所を調べると、不動産を所有しているかどうかが分かります。また、勤め先の会社が取引している金融機関で給料を受け取るための口座を開設しているケースが多いため、勤め先を調べることで銀行口座を差し押さえられる可能性が高くなります。他にも、賃借人や連帯保証人が自営業者の場合は、店舗や事務所が分かれば店舗や事務所の現金や取引先の債権を差し押さえられる可能性も。まずはしっかり財産があるか調べておきましょう。
裁判制度を選ぶ
賃貸物件のオーナーは、賃借人の家賃滞納に対して、裁判所の力を借りることが可能です。一口に裁判と言っても、ドラマで見るような本格的な裁判や出廷する必要のない小規模の裁判など、様々な形式があります。家賃滞納を訴える際に利用される裁判の制度は以下の3つがほとんどです。
・少額訴訟
・通常訴訟
<支払督促>
支払督促とは、裁判を起こすことによって、裁判所から賃借人に支払いの督促をしてもらう制度です。この制度は裁判に掛かる時間を短縮できる、基本的には裁判所に出頭する必要がないため、時間や手間を掛けずに済むというメリットがあります。
しかし、相手からの異議が生じると、相手の住所を管轄する裁判所での通常訴訟に移行する、連帯保証人に請求する際は再度手続きが必要になるなど、時間と手間が掛かります。また、支払督促は滞納家賃を支払う督促で、退去は請求できないというデメリットが。支払督促は手軽である一方、自分の望んでいた結果が得られない可能性もあるため、それを十分理解した上で支払督促を選びましょう。
<少額訴訟>
少額訴訟とは、60万円以下の訴訟を1回の裁判で完結させる制度です。少額訴訟は、1回の裁判で完結するほか、賃貸人の住所を管轄する裁判所で裁判が行われるため、手間と時間を省けるというメリットがあります。また、賃借人と連帯保証人に対して同時に請求できるというメリットも。
一方、支払督促と同様に、少額訴訟は滞納家賃の支払いを請求できたとしても、退去は請求できないというデメリットが。また、賃借人が少額訴訟ではなく、通常訴訟を求めた場合は通常訴訟に移行します。通常訴訟に移行すると、1回の裁判で完結できなくなって、時間と手間が掛かるので注意が必要です。
<通常訴訟>
通常訴訟とは、最も一般的な訴訟制度です。通常訴訟では、滞納家賃の支払い請求と同時に退去も請求できます。また、賃借人と連帯保証人に対して同時に請求できるほか、賃貸人の住所を管轄する裁判所で裁判が行われることから、手間や時間を省けるというメリットがあります。
一方、支払督促や少額訴訟よりも裁判が完結するまでに時間が掛かるというデメリットが。そのため、既に入居者が退去していて退去させる必要がない場合には支払督促や少額訴訟、退去していない場合には通常訴訟を選ぶといったように、状況に合った制度を選ぶことが重要と言えるでしょう。
和解の申し出への対応
裁判所で訴訟を起こしたことによって、賃借人に分割払いによる和解を求められる場合があります。滞納している賃借人や連帯保証人に財産がある場合には、この和解を拒否すれば財産を差し押さえてすぐに回収することが可能です。
しかし、差し押さえる財産がない場合には、この和解を受け入れて、分割払いで滞納家賃を回収するのが一般的です。和解の申し出を受け入れる際には、分割払いが不規則に行われることがないように、1年以内といったように時期を決めるほか、遅れた場合の遅延損害金を明確にしておく必要があります。
また、和解を受け入れたにもかかわらず、分割払いも滞った場合に備えて、期限の利益喪失条項を交わすことも重要です。期限の利益喪失条項とは、滞った場合のペナルティとして、一括払いによる返済を約束する条項です。
裁判を起こす前に弁護士に相談する
裁判を起こすには、手間と時間が掛かってしまうため、容易なことではありません。そこでおすすめするのが裁判を起こす前に弁護士に相談することです。弁護士に相談することで、交渉や裁判を代わりに行ってくれるため、手間と時間を掛けずに速やかに早期解決できる可能性が高くなります。
また、裁判を起こした際の成功率が高くなるほか、専門家にしか対応できないような特殊な案件にも対応してくれるというメリットがあります。もちろん、弁護士に相談した場合は費用が掛かりますが、手間と時間を考慮すると、弁護士に相談した方が良いと言えるでしょう。
差し押さえ・強制執行
裁判で勝訴した場合には、賃借人や連帯保証人の財産を差し押さえて強制執行することが可能になります。しかし、差し押さえや強制執行できるのは全ての財産ではないので注意が必要です。対象となるのは以下の財産です。
・預金・現金
・不動産
・動産
・生命保険
給与
賃借人や連帯保証人の勤務先が分かっている場合は、給与を差し押さえることが可能です。差し押さえた給料から滞納していた賃料を回収できますが、滞納賃料の全額を一気に回収できるわけではありません。通勤手当を除いた毎月の給料の手取りが44万円以下の場合には4分の1、44万円を超える場合には33万円を超える額の全額と決められています。滞納額が大きい場合は、複数回に分けて回収することになるので注意が必要です。
預金・現金
賃借人や連帯保証人の銀行口座が分かっている場合には、預金を差し押さえることが可能です。給与のように制限がないため、スムーズに滞納していた賃料を回収できるため、最も利用されているのが特徴です。しかし、滞納者や連帯保証人が差し押さえられることを避けるために、全額引き出している可能性があります。そのため、預金の差し押さえを行う際は、なるべく速やかに行うことが重要と言えるでしょう。
不動産
賃借人は賃貸なので不動産を所有している可能性はほとんどありませんが、連帯保証人は不動産を所有している可能性があります。そのため、その不動産を差し押さえれば、競売に掛けることで賃料を回収することが可能です。しかし、競売に掛けて現金化できるまでには時間が掛かるため、すぐに賃料を回収したいという賃貸人にはあまりおすすめできない方法と言えるでしょう。
動産
賃借人や連帯保証人が自営業の場合は、店舗や事務所に置かれている車や高価なPCなどの動産を差し押さえることが可能です。しかし、給料の差し押さえのケースと同様に、制限があります。例えば、66万円までの現金、業務を継続するにあたって必要な器具や備品などに関しては、債権者保護の観点から差し押さえが禁止されているので注意が必要です。
生命保険
賃借人や連帯保証人が生命保険に加入している場合は、その保険金を差し押さえることが可能です。「生命保険は、保険金が支払われるまで待つ必要があるのでは?」と思った方も多いと思いますが、そのようなことはありません。解約によって得られる解約返戻金を受け取れるため、不動産よりも早く現金化しやすいと言えるでしょう。
滞納された家賃を回収する際の注意点
滞納された家賃を回収する際には、時効の存在に注意が必要です。滞納家賃の消滅時効は、支払いが発生した日から5年と法律で決まっています。そのため、5年の間に賃借人が何も行動を起こさなければ、滞納家賃は時効で消滅して請求できなくなるので注意が必要です。
しかし、支払い督促といった裁判上の請求を行い、賃借人が債務の承認を行った時は時効が中断して一から数え直します。裁判で勝訴した場合でも、時効は10年間に延長されるだけなので、時効が成立して回収できなくなることがないように、弁護士といった専門家に相談しましょう。
家賃滞納者への対処で大切なポイント
家賃滞納者に対応する際は、相手にスキを突かれないようにするためにも、また確実に滞納家賃を回収するためにも、以下の3つのポイントを押さえておくことが重要です。
・毅然とした態度を取る
・証拠を残す
素早く対応する
1つ目のポイントは素早く対応することです。家賃滞納が長期化して滞納額が大きくなると、簡単には回収できなくなります。そのため、「入金を忘れているだけだろうから少し待ってみよう」と時間を置くことはあまりおすすめしません。
入金が遅れているのは十分に滞納の兆候です。後になって督促状や内容証明の送付、裁判の手続きといった手間や時間が掛かることを考えると、素早く対応することでなるべく早く解決した方が良いと言えるでしょう。
毅然とした態度をとる
続いてのポイントは毅然とした態度を取ることです。1回目の電話や手紙による確認では、「支払いを忘れていませんか?」という態度でも問題ありません。しかし、それに対しても回答がない場合は、故意に滞納していることが確定します。
相手が契約を違反しているだけなので、毅然とした対応で臨むことが重要です。「いつまでにいくら入金するのか」「入金しない場合には連帯保証人に連絡する、または法的処置に移行する」など、相手に「滞納しても大丈夫」と思わせないような態度で臨みましょう。
証拠を残す
最後のポイントは証拠を残すことです。裁判によって建物の明渡し請求をする際は、督促を行っているという証拠が必要になります。ただ単に手紙を出したというだけでは、証拠にはなりません。証拠として認めてもらうには、ルールに従ってしっかり内容証明郵便で催告書を賃借人に出すことが重要です。内容証明郵便で催告書を出せば、郵便局が催告書を出したことを証明してくれます。
まとめ
家賃滞納は空室が生じたケースと同様に、キャッシュフローを悪化させる要因になるので注意が必要です。賃貸管理会社に物件の管理を委託している場合には、督促行為は基本的に賃貸管理会社の業務範囲に含まれます。そのため、オーナーが督促のために何か手続きが必要になるというケースはほとんどありません。
しかし、自分で管理している場合は、督促や裁判などを自身で行う必要があるため、事前にどのような手続きが必要なのか確認することが重要です。とは言っても、これらの手続きを物件のオーナーが全て行うことは容易ではありません。そのため、弁護士といった専門家に任せた方が手続きに掛かる時間や手間を省くことができます。
賃貸管理会社に物件の管理を委託している場合でも、裁判は範囲外になっているケースもあるため、事前に契約内容をしっかり確認しておきましょう。