賃貸物件をもっていると、退去時にトラブルが発生することがあります。
退去立会いで部屋のなかに入ると入居者の残した傷や汚れがひどく、修繕費用を追加請求したいというケースは少なくありません。
退去立会い後に追加請求ができるかどうかは、傷や汚れの原因によります。借主の使い方や管理の悪さによってできた損傷は、修繕費用を追加で請求可能です。
しかし、借主が素直に追加の修繕費用を支払ってくれればよいのですが、実際は追加請求を拒否する人も多くいます。
退去時のトラブルは、不動産問題に詳しい弁護士へ相談するとよいでしょう。法律的に適切な対処をアドバイスしてもらえ、必要であれば借主との交渉も代行してくれます。
破損や劣化は「貸主」「借主」どちらが負担?原状回復の義務について
賃貸住宅の退去トラブルは、後を絶ちません。
退去トラブルが続出する理由は「義務の線引きが明確ではない」ことが原因。つまり「貸主」「借主」どちらが破損や劣化を負担すべきかの、ボーダーラインが曖昧になっているためです。
退去立会い時の追加請求の可否や入居者に負担してもらえるかどうかをしっかり理解するためにも、基礎知識として原状回復義務と耐用年数について、簡単におさらいしておきましょう。
原状回復義務とは
原状回復義務とは、入居者が室内を入居当時の状態にして退去する義務のこと。原状復帰とも呼びます。ただし、原状回復とは「完全に元の状態に戻す責任」のことを指すのではありません。この原状回復の意味をはき違えているために、退去時のトラブルが続出しているのが現状です。原状回復義務の本当の意味は「借りたものに損害を負わせた場合に損傷を回復する義務」というもの。つまり、損傷部分が借主の責任であった場合に、元の状態に戻す義務が生じます。
このように決められたのには、理由があります。建物や設備は、使用していなくても時間の経過とともに劣化していくもの。部屋を元の状態に戻すとは言っても、キッチンや便座を元の状態にして戻すことを要求するのは、無理がありますよね。そこで、国土交通省では「原状回復ガイドライン」を設け、どこまで入居者が負担すべきかのマニュアルを設けました。
原状回復ガイドラインとは
原状回復ガイドラインは、頻繁にトラブルが発生している退去時の問題を解決するために、国が設けた共通のルール。この中身を簡単に説明すると、普通に使用していて劣化した部分の修繕費用については、入居者に費用を請求できないということです。ただし、入居者がワザと壊したものに関しては、請求できると定められていますので、安心してください。
原状回復ガイドラインを破ったらどうなるのか
しかしながら、原状回復ガイドラインには法的効力はありません。例えば、この原状回復ガイドラインに違反して入居者に原状回復費用を請求しても、罰せられることはないのです。契約とは、当事者の意思によって定めるもの。そして、原状回復ガイドラインはあくまでトラブル防止のための指標に過ぎないのです。ただし、多くの判例で原状回復ガイドラインが参考とされているのは事実。法的拘束力はありませんが、原状回復ガイドラインを大きく無視してしまうと、裁判で不利になってしまう可能性もあります。
耐用年数とは
原状回復ガイドラインをより詳しく理解するために、耐用年数についてもチェックしておきましょう。耐用年数とは、建物や設備の寿命を法的に定めたものです。以下の表は「物の平均寿命」を表したものです。
構造 | 耐用年数 |
木造の住居 | 22年 |
鉄筋の住居 | 47年 |
電気設備(照明を含む) | 6~15年 |
給排水設備 | 15年 |
物の価値は時間の経過とともにだんだん下がっていき、やがて価値がゼロになります。原状回復ガイドラインでは、このように自然の流れで価値がゼロになったものに関しては、オーナー側の負担とすべきとしています。耐用年数はすべてのものに定められており、国税庁のウェブサイトにて確認できます。
参照:国税庁
退去立会いで追加請求できる範囲、できない範囲
賃貸借契約において、オーナーから入居者に対して追加請求すること自体は可能です。退去後によく検査した結果、修繕箇所が見つかるのはよくあること。退去時に請求しなければ、違法ということは全くないのです。しかし、これまで解説してきたように、請求できる範囲と出来ない範囲を知っておかなければ、後々大きなトラブルに発展する可能性も。不当な請求をしていると、トラブルが大きくなり裁判にまで発展したときに、不利になる恐れもあるため要注意です。それでは、退去立会いで追加請求できる範囲、できない範囲について、それぞれ詳しくみていきましょう。
借主負担として請求できること
借主負担として請求できる部分は「使い方が悪く損傷したもの」です。具体的な例を以下に並べます。
使い方が悪く損傷したもの | ・引越作業をしていてクロスや柱にできたひっかき傷
・雨や結露が原因でできた畳やフローリングの色落ち ・落書きによる破損 ・タバコのヤニによるクロスの黄ばみや室内の臭い ・壁に開けたくぎ穴やネジ穴 ・天井に直接取り付けた照明器具の跡や穴 ・飼育ペットの臭いやひっかき傷 ・手入れもしくは使い方が悪かったために発生した傷 ・鍵の紛失、壊したことによる取替え ・戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草 |
上記の表にかかれてある劣化や損傷は、入居者が管理を怠ったためにできたものの一例です。これを借主の注意義務違反と言い、修繕費用を契約者に請求できます。ちなみに、請求するタイミングについては法律で定められておらず、退去後に追加請求しても違法ではありません。
借主に請求できないこと
借主負担として請求できないものは「自然に発生した損傷」です。こちらも具体例をあげて紹介します。
自然に発生した損傷 | ・家具を置いたことによるへこみや跡
・畳やフローリングの色落ち ・家電製品の使用による壁の黒ずみ ・ポスターや額縁を外したあとの日焼け ・エアコン設置のビス穴 ・クロスの変色 ・画鋲の穴 ・自然災害による破損 ・ガラスの亀裂 ・入居時の鍵の交換費用 ・エアコンなどの設備機器の故障 |
上記で紹介した例は、普通の使い方をしてでもできる劣化です。クロスの色落ちや画鋲の穴は、普通に生活していれば誰でもできる「通常の消耗」と判断されます。これらの損傷に関しては、入居者に請求するものではないと定められました。
修繕範囲を特約で設定することが可能
ここまで紹介してきた修繕範囲は、あくまで「義務」であり目安のひとつ。貸主と借主が話し合い、独自のルールを決めても何ら問題はありません。つまり、修繕範囲を特約で定めることも可能なのです。特約とは、その名の通り貸主と借主の間で、特別に定める条件のこと。例えば「賃貸人が修繕義務を負わない」または「修繕は賃借人がする」というように特別な契約を締結することができます。ただし、民法の考え方として「借主に不利な契約」を締結することができないとされています。いくら「修繕は賃借人がする」と取り決めても、相場以上の修繕費用を入居者に請求したり、大家が一切負担しないという条文を追加したりすることはできません。
民法の考え方が変わる?民法改正で大家側が注意すべき3つのこと
入居者との退去トラブルを軽減させるために、民法の考え方についてもう少し掘り下げてみていきましょう。民法とは、売買・賃貸契約や賃貸借契約について定めているもの。アパート・賃貸マンション・戸建て経営しているオーナーも、この民法改正により大きな影響をうけます。2020年4月1日に民法が大きく改正されます。民法改正では、これまで明確化されていなかった賃貸契約の曖昧な部分、つまりグレーゾーンを白黒はっきりするように定められるようになりました。なかでもオーナーが考えるべき変更点については、以下の通り。
・敷金の返還について
・保証人への請求範囲
では、具体的にどのような点が変更となったのでしょうか。今回は原状回復にフォーカスして紹介していきます。
1.原状回復ルールが明確化
新民法では、原状回復の定義が明確化されるようになりました。原状回復について定めている民法第621条は、以下の通りです。
賃借人は、通常損耗(経年劣化を含む)について原状回復する義務はなく、それ以外の損耗についても賃借人の責任ではないものについて原状回復する義務はない
まとめると普通に使用して劣化したものに関しては、入居者が費用を支払う義務はないということです。さらに、通常の使用以上の負荷をかけて壊れたものも「借主の責任ではない」と判断されたものは、修繕費用を借主に請求することはできません。
2.敷金の定義化
さらに、新民法では敷金の定義についても明確化されました。敷金の返還について定めている民法第622条の2は、以下の通りです。
いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう
これまでは、敷金の使い道については、当事者間で決めることが一般的でした。場合によっては敷金を返還しなくても違法ではなかったのです。しかし、新民法では「敷金は家賃の未払い料や損害賠償金、修繕費用」として利用され、余った敷金は借主に返還しなければいけません。
3.保証人への極度額設定の義務化
そして、新民法では保証人への請求範囲についても明確化されました。保証人への請求について定めている民法第465条の2は、以下の通りです。
保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
要約すると、原状回復工事費や未払い賃料などを含む損害について、一定の額以上を保証人に負担させることはできないということ。これは、保証人を保護するために作られた条文で、いくら保証人といえども、自己責任ではない費用を全額負担させることはできなくなりました。これまでは入居者に保証人がいた場合、入居者が発生させた修繕費用や未払い分を保証人に請求できました。しかし、民法改正では、契約時に保証人が支払う極度額を設定し、設定額以上の費用は請求できないと定めています。
退去立会いでトラブルになったケース
原状回復費用の請求方法を間違えたために、退去立会い時にトラブルになったケースをピックアップして紹介します。
タバコのヤニ汚れの修繕費用を請求できた例
賃貸マンションのタバコやヤニ汚れの修繕費用を、入居者に請求できた例を紹介します。入居者が喫煙により建物のクロスをヤニで変色させたうえ、臭いを付着させました。しかし、入居者は「ヤニ汚れは以前からあった」と主張し、裁判沙汰に発展してしまったのです。しかし、裁判所ではタバコのヤニ汚れや臭いは、自然損耗ではないと判断し、借主の責任転嫁を棄却。よって入居者がクロスの貼り替え費用を全額負担するべきという判決が出されました。
ペットが傷つけたフローリングの修繕費用を請求できた例
続いて、ペットがつけたフローリング傷の修繕費用を、入居者に請求できた例を紹介します。ペット禁止の物件にもかかわらず、入居者が無断でペットを飼育したことが原因で退去トラブルが発生しました。ペットは、フローリング全体にひっかき傷や糞尿によるシミをつけたため、フローリングの全面貼り替えが必要となったのです。オーナーは、この修繕費用を入居者に負担しましたが、入居者は「全面貼り替えの必要はない」「高すぎる」と支払に疑問を感じ訴訟を起こしました。しかし、裁判所は禁止されているペットを飼育したことや損傷が酷いことから、貸主の主張をみとめ、貼り替え費用を支払うよう判決を下しました。
クリーニング費用の請求が認められなかった例
最後に、クリーニング費用の請求が認められなかった例を紹介します。退去後、貸主が敷金からハウスクリーニング費用を差し引いた金額を借主に返還しました。しかし、このハウスクリーニングは業者に依頼したものではなく、貸主自身が自らの手で掃除したものだったのです。
借主はその行為に対し「大家が個人で行った清掃であれば、クリーニング費用には当たらない」と主張し、裁判にまで発展しました。判決は借主の主張通り、貸主はクリーニング費用を請求することはできませんでした。その理由は、原状回復ガイドラインにもあるように「経年変化や通常の使用による損耗」とみなされたからです。このように、借主の管理が悪いために発生した損傷については、費用の負担を請求できます。自然に劣化したものではない損傷は、借主の原状回復義務に相当しますので、追加請求ができるというわけです。
退去立会いと追加請求する流れ
では、退去立会いから追加請求するまでの流れについて、みていきましょう。追加請求するタイミングも順を追って解説していきますので、実際に請求するときの参考にしてください。
入居者と損傷部分の確認
まずは、入居者と退去する部屋の確認を行います。一般的に立ち会うのは、オーナーではなく、仲介している不動産会社のスタッフです。所要時間は20分から長くても60分程度になります。ここで行われるのは、損傷部分の確認。入居者と一緒に不動産会社の担当者が室内を見て回り「入居者自身がつけた傷なのか」「入居前から存在していたのか」を一緒に確認します。このとき、担当者がおおよその修繕費用の概算を説明しますが、ここで提示した金額がすべてではありません。この場で見積もるのは、あくまで概算です。後日、変動した金額を入居者に請求しても違法にはなりません。
不動産会社がオーナーに連絡
入居者との立会いが済んだら、不動産会社の担当者が「損傷部分の報告」「業者への発注許可」のためオーナーに連絡をしてきます。一般的に、以下の内容が報告されます。
・修繕範囲
・おおよその修繕費用負担額
不動産会社は、オーナーにおおよその修繕費用負担額を提示し、ハウスクリーニング業者を入れていいのか確認を取ります。そのうえで、修繕すべき箇所や入居者とのやり取りなどの内容も報告されます。
ハウスクリーニング業者による清掃
オーナーが許可を出したあとは、ハウスクリーニング業者による清掃が行われます。基本的に、不動産会社が提示した金額と内容で清掃が行われますが、まれに「ガンコな汚れ」「想像以上に酷い破損部分」が見つかった場合、追加の作業が行われることも。追加請求が出るとしたら、このときです。例えば、薬剤で落ちないタイルの汚れや、シンクに何かを詰まらせていたなど、入居者自身も気づかなかった汚れが見つかる可能性もあります。
次の入居者が心地よく生活を送るためにも、しっかりとした掃除や修繕が必要です。ただし、オーナーの許可なく作業は行われません。ハウスクリーニング業者から不動産会社に連絡が行き、その後担当者からオーナーに追加清掃の許可を求める連絡がくるので、安心してください。
入居者に修繕費用を請求
修繕や清掃作業が終了後、入居者が負担すべき部分の費用請求が行われます。退去トラブルが発生しやすいのは、正式な修繕費用を請求するこの時です。立会い時に提示した概算額よりも、このときの請求額が大きかった場合、よほど気の良い入居者でない限りは、難色を示されます。「最初に言った額と違う」「騙された」など、悪態をついてくる入居者も少なくありません。しかし、費用請求をするのは、不動産会社の担当者です。オーナーが頭を痛める必要はありません。
不動産会社は、契約書や原状回復ガイドラインに基づき、正式な費用を請求します。すでに受け取っている敷金で充当することもありますが、近年は敷金の支払い額が少なくなってきているため、敷金を超えた修繕費用を負担するケースがほとんどです。入居者が一括で支払えないときは、分割で請求することも可能。オーナー自らが交渉することはありませんので、仲介を依頼している不動産会社に一任しましょう。
今後の退去トラブルを防ぎ追加請求する対策
退去トラブルを不動産会社にお任せできるとは言っても、トラブルをなくすことにこしたことはありません。あまりにもトラブルが発生する回数が多すぎると、賃貸管理をお断りされることも。不動産会社と信頼関係を保ち続け、不動産投資を安定させるためにも、トラブルを未然に防ぐ防止策を講じておきましょう。
契約書に原状回復の特約を設ける
上記で少し触れましたが、入居時に契約書に原状回復特約を設けることも有効です。通常、経年劣化による傷や汚れはオーナー負担となりますが、特約で入居者に負担してもらうことも可能です。特約を定めるときは、契約書への記載の仕方にもコツがあります。「通常損耗や経年変化の修繕費用は入居者負担とする」というような曖昧な記載では、何をどの程度負担すべきなのか、よくわかりません。
「クロスの交換費用やハウスクリーニング費用は入居者負担とする」というように、どの部分を入居者負担とすべきか明確に決めておきましょう。もし可能であれば金額も明記しておくと、より入居者側の負担にしやすいです。金額の相場は、不動産会社が熟知していますので、相談しながら契約書を作成していきましょう。
入居前に設備状態を確認してもらう
入居前に室内に設置された設備が正常に可動するかどうか、確認してもらいましょう。入居前に確認してもらうことで「はじめから壊れていたので修繕費は払わない」というクレームを防ぐことができます。この事実関係をはっきりとさせるために、設備動作確認のチェックリストを作り、入居前の状態と退去後の状況を書面で記録しておきましょう。写真や図面に残しておくことも有効です。
無料相談を活用する
退去トラブルを長引かせる前に、プロの手も借りましょう。原状回復に関する知識は、法律が深く関わってきます。基本的に原状回復に関しては貸主負担となるケースが多いため、知識もないまま適当に対処してしまうと、トラブルが長引き裁判沙汰になってしまう恐れもあります。このような場合は、すぐにトラブル解決に詳しい専門家に相談しましょう。退去トラブルに関しては、以下の専門家が頼りになります。
相談窓口 | 問い合わせ先 |
宅建協会 | https://www.zentaku.or.jp/association_list/ |
全国賃貸住宅経営者協会連合会 | https://www.chintai.or.jp/ |
日本賃貸住宅管理業協会 | https://www.jpm.jp/consultation/ |
法テラス | 0570-078374 |
上記で紹介した窓口は、いずれも無料でトラブル相談ができます。法テラス以外は、まずはメールでの相談になりますので、URLをクリックしてお問い合わせまでお進みください。小さなクレームを放置しておくと、やがて大きな争いとなってしまいます。早いうちであれば、高額な費用をかけずに解決することも可能です。
まとめ
退去立会い後の追加請求でもめないために、原状回復ガイドラインの内容を確認しておきましょう。追加請求自体は可能ですが、原状回復ガイドラインに反する高額な請求を行うとトラブルの原因となりますので、ここまで紹介してきた内容を再確認してみてください。
また、今後退去トラブルを起こさないための防止策も重要です。契約書に修繕費用に関する特約を設ける、または内見時に設備チェックリストをつくっておくなど、防止策を講じておきましょう。