
せっかく家を購入したのに、入居後思いもよらぬ騒音に悩まされるケースは少なくありません。
もしも騒音があることを事前に知らされていなかった場合、売主に対して瑕疵担保責任を追及することはできるのでしょうか。
この記事では、どのような場合に瑕疵担保責任が認められるのか判例をみながら解説していきます。
目次
瑕疵担保責任とは
瑕疵担保責任は物件の売買において欠陥(瑕疵)があったとき、その物件の売主が買主に対して責任を負うという内容のものです。
具体的には、物件を売買したときに買主が瑕疵に気づかなかった場合、その瑕疵は隠れた瑕疵とみなされ売主に対して損害賠償を請求することができます。また、躯体にシロアリなどが発生していたなど致命的な瑕疵があった場合、契約解除を求めることもできます。
瑕疵担保責任について詳しく知りたい方は以下の記事を参考にしてみてください。

瑕疵担保責任が認められたケース
瑕疵担保責任が認められるには次の2つのポイントがあります。
①契約前に買主が気づくことが困難な騒音であること
②騒音の程度が大きいこと
では、実際の判例から具体的にどのような場合に瑕疵担保責任が認められたのか解説していきます。
①劣化した設備から騒音が発生したケース
マンションの設備騒音に関して瑕疵担保責任に基づく契約解除が求められた平成10年の判例を基に、どのような状況で瑕疵担保責任が認められたのかを解説していきます。
Xら家族はマンションの一室を購入したが、部屋の下(ポンプ室)から滝のような騒音が昼夜問わず聞こえてきた。
Xは売主業者Yに対策を講じるよう申し入れ、Yは工事をおこなった。
しかし、その工事も不十分であるとして、XはYに対して瑕疵担保責任に基づく契約解除を求め提訴した。
第一審では「現時点での騒音の程度は通常備えるべき水準を満たしている」としてXの請求は棄却された。
「滝のような騒音」という表現から、Xら家族にとっては騒音が異常なほど大きく感じられたことが推測されます。
しかし判決では、騒音は「通常備えるべき水準を満たしている」としています。
つまり、自分が「うるさい」と感じたからといって、必ずしもその騒音が瑕疵として認められるわけではないということです。
この裁判には続きがあります。
第一審の後にXが控訴し、第二審では一転し瑕疵担保責任が認められることになったのです。
第一審の判決が覆ったのは、判決の前後から騒音の頻度が多くなったうえに、別の設備の劣化による新たな騒音が発生し、居室が「通常の静けさの住環境にあるとは全くいえない」と判断されたからです。
このように、騒音の状態が購入時と大きく変化したことで判決が覆ることもあります。
②パンフレット記載の遮音性能がなかったケース
パンフレットに記載された遮音性能に虚偽があった平成20年の判例では、以下のように瑕疵担保責任が認められました。
物件のパンフレットに「防音、遮音性に優れて堅牢な構造」「LL-45の遮音等級を実現した」という記載があったのにも関わらず、実際はその程度の遮音性能がなかったとして、買主は売主に対して瑕疵担保責任を追及した。
裁判所は「パンフレットで保証された遮音性能がない以上は瑕疵にあたる」として瑕疵担保責任を認めた。
このケースのように、パンフレットに具体的な数値が記載されており「実現した」というような明確な表現もされている場合「パンフレットはその数値を保証している」と判断されます。
そのため、パンフレット記載の数値と実際の数値が異なっているケースにおいて瑕疵担保責任が認められます。
一方、別の判例では、パンフレットに「LL-45の性能を有する床材を用いた」と記載されたパンフレットについて「遮音性能の保証まではしていない」という判断がされています。
パンフレット記載内容の具体性や表現の仕方によって、法的根拠として正当なものなのかどうかの判断基準が変わります。
後のトラブル予防として、あらかじめ物件を決める前にパンフレットの内容をよく確認しておくことが大切です。
参照:大阪土地協会「不動産(建物)取引における瑕疵担保責任」
瑕疵担保責任が否認されたケース
騒音問題を円満に解消するのが難しい理由として、音の感じ方が人それぞれ違うという点があります。
瑕疵担保責任が否認されたケースでは、原告が感じていたほど実際の騒音がそれほど大きくなく、生活する上での常識的な範囲だと判断されたという判例もあります。
どのようなケースで瑕疵担保責任が否認される傾向があるのか判例を用いながら解説します。
①トイレの給排水音をうるさいと訴えたケース
平成14年、マンション居室上階のトイレの音がうるさいとして、瑕疵担保責任に基づく契約解除が求められました。
XはYからマンションの1階部分の部屋を購入した。
しかし、入居後に上階からトイレの給排水音などが聞こえ、それがひどく激しいことから安眠妨害・生活障害が生じた。
XはYに対して防音工事を求めYはこれに応じたが、Xは「当初の設計施工時点において生活騒音対策工事が施工されておらず、住居住宅として根本的な瑕疵がある」としてYの瑕疵担保責任を追及した。
裁判所は「マンションは遮音性能基準1級を満たしており、室内に関しても環境基本法に基づく環境基準を満たしているのでマンションに瑕疵があるとすることはできない」としてXの訴えを認めなかった。
買主は生活に支障が出るほど騒音を感じていたようですが、判決によると室内の騒音は環境基準を満たし、建物の遮音性能基準は1級を満たしていたようです。
遮音性能基準1級は日本建築学会が「遮音性能上好ましい」として推奨しているレベルの遮音性能であり、社会通念上問題があるとは全くいえません。
このように、裁判では人が騒音をどのように感じるかではなく、客観的な基準に基づいて騒音の問題性を判断します。
参照:RETIO「マンションにおける上階の生活騒音と瑕疵担保責任」
②新築物件で地下鉄の騒音等が発生したケース
平成10年、新築物件において地下鉄による騒音や振動があるとして瑕疵担保責任に基づく損害賠償が請求されました。
Xらは新築された本物件において、地下鉄によると思われる騒音及び振動が発せられていることに気がついた。
Xは「建物の建築者Yが事前に地下鉄による騒音を察知して防御すべきだったのにそれを怠り、施工中に騒音等を容易に検知できたはずなのにこれを見過ごした」として瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求した。
これに対して裁判所は以下の点を根拠にXの請求を棄却した。
◆地下鉄の騒音等を事前に調査し防ぐ明示の合意がない
◆地下鉄走行時の室内音圧の最大値は日本建築学会の定める遮音性能等級2級、平均値にいたっては遮音性能等級1級であり、遮音性能や騒音の大きさに問題はない
◆騒音などの発生時期は木工工事の完了時であり、その時点で騒音などを消滅又は軽減できる方法が存在したと認められない
◆建築基準に違反していない
このケースでも、騒音を遮音性能基準と照らし合わせて問題はないと判断しています。
特に地下鉄の音は低周波音なので、騒音を測定しても基準を上回る数値が出ない傾向があります。
また、地下鉄の「音」と感じるものの多くは「振動」であり、振動は地盤から伝搬して建物に伝わってくるため、家が地盤に密着している限り振動を消滅させることは困難です。
以上の理由から、地下鉄の騒音で瑕疵担保責任を問うのは簡単ではないでしょう。
参照:裁判所ウェブサイト「平成10年(ワ)第1276号損害賠償請求事件」
瑕疵担保責任の請求までの流れ
では、実際に騒音の被害にあったとき、どのような手順をふんで瑕疵担保責任を追及すればよいのでしょうか。
訴訟までの流れを簡単に解説します。
①騒音の測定
まずは騒音を測定して「どのくらいの騒音が発生しているのか」を客観的に知ることが重要です。
「どのような音」が「いつ」「どのくらいの頻度で」発生しているのか、測定器を使って記録しましょう。
自分が「うるさい」と思っていても、数値が環境基準などを十分に満たしていれば瑕疵担保責任を追及することは難しくなります。
また、弁護士などの専門家に相談する際に客観的な記録があるほうが説得力も増し、よりよい対応をしてもらえる場合があるようです。
注意しなければならない点は「騒音を測定する機器は計量法に基づく検定に合格していて、かつ合格証明証の期限が切れていないものでなければならない」ということです。
指定外の機器で測定した記録は証拠として弱いので、訴訟を視野に入れているのであれば指定されたものを使いましょう。
測定は業者にやってもらうことも可能なので、自分できちんと測定できるか不安な方は業者に依頼するとよいでしょう。
②弁護士に相談
売買契約の内容を確認したり、物件の状況など事実関係を弁護士に伝えます。
弁護士に相談するタイミングは決まっていないので、騒音測定など証拠集めをする前に弁護士に相談するのもよいでしょう。
その場合は、弁護士が「どのような証拠(騒音記録など)をどのくらい集めるとよいか」助言してくれるので、効率よく証拠を集めることができます。
一方、騒音測定をする前に相談すると「神経質なだけではないのか」と疑われて快く対応してもらえない場合もあるようです。
③任意交渉・訴訟手続
「契約の解除を請求するのか」「損害賠償をいくら請求するのか」など具体的な方針を決定した後、まずは買主との間で交渉を試みます。
契約解除あるいは損害賠償の請求をする理由を記載した通知書を送付し、書面や電話、面談で売主との交渉をおこないます。
この段階で話がまとまれば、双方で和解書を作成して終了します。
任意交渉で話がまとまらなかった場合は、裁判所に原告として訴訟を提起します。
まとめ
苦痛を感じるような騒音が発生していたとしても、必ずしも瑕疵担保責任が認められるとは限りません。
裁判では、環境基準や遮音性能基準、建築基準といった社会一般的に用いられる基準をもとに騒音の問題性を判断します。
訴訟を検討している場合は、騒音を測定し、発生している騒音が社会通念上問題だといえる程度なのか確認しましょう。
もし基準値内であれば瑕疵担保責任に基づく請求は棄却される可能性が高いといえます。
また「契約時に知らされていた騒音の状況と実情が異なるかどうか」もポイントです。契約内容に虚偽があったり、契約後に騒音の程度がひどくなった場合には瑕疵担保責任が認められます。
騒音問題は長引くと健康を害する恐れもあるので、早めに専門家に相談して解決するようにしましょう。