不動産は相続登記せずに売却できない
相続財産に含まれている不動産は、相続登記をせずに売却できません。より正確にいうと、売買契約は締結できますが、その後の所有権移転登記ができないため売却できないのです。
不動産の売買では、その不動産に関する所有権移転登記が行われます。移転登記とは、不動産の所有権が売主から買主に移ったと証明する登記のことです。そして移転登記を行うためには、売主と名義人が一致しており、売主が誰なのか確定している必要があります。
相続財産の不動産を売却する場合、名義人である被相続人はこの世に存在しません。そこで相続人が売買をするわけですが、その方たちは不動産の名義人ではないため売主にはなれません。そのため、相続財産の不動産はすぐに移転登記が行えない状態にあるといえます。
そこで、不動産の名義を被相続人から相続人へ変更するために、相続登記を行う必要があります。相続登記をすれば、登記を受けた相続人が新たな名義人(売主)となります。これにより、その相続人が不動産の売却に必要な所有権移転登記を行えるようになるのです。
不動産の相続登記をせずに売却した場合のリスク
相続登記をしていない不動産を売却し、移転登記ができなかった場合は、民法上の債務不履行責任を負うことになります。また、契約内容によっては違約金を請求される可能性もあるでしょう。つまり、以下のようなリスクを負う可能性があります。
- 売買契約が解除される可能性がある
- 損害賠償請求をされる可能性がある
- 契約内容によっては違約金が発生する
ここでは、このような不動産の相続登記をせずに売却した場合のリスクについて説明します。
1.売買契約が解除される可能性がある
不動産の所有権移転登記ができない場合、民法上の債務不履行に該当します。債務不履行の際に買主ができる対応はいくつかあり、そのひとつが契約の解除です(民法第541条、542条)。
解除権を行使された場合、最初からその契約は存在しなかったものとして扱われます。不動産を売却した相続人は、買主に対して売買代金を返還しなければなりません。
2.損害賠償請求をされる可能性がある
債務不履行の際に買主は、売主に対して損害賠償請求も行えます(民法第415条)。
たとえば、売主が「買主が不動産を購入し、賃貸に出す」と知っていたとします。この場合、賃料に相当する金銭を損害賠償として請求される可能性があります。
債務不履行に基づく損害賠償請求を回避するためには、売主側で自分自身に故意・過失がなかったことを証明しなければなりません。場合によっては訴訟で争うことになるでしょう。
3.契約内容によっては違約金が発生する
一般的な不動産売買契約書には、債務不履行の際の違約金に関する条項が含まれています。
たとえば、全宅連の不動産売買契約書のひな型には「契約違反による解除」という条項があり、この中で契約解除に伴う損害賠償は違約金の額とすると記載されています。違約金の額は売買代金の10~20%が相場であり、高額な違約金を支払うことになるでしょう。
相続登記をして不動産を売却するまでの流れ
相続登記の手続きは、遺言書の有無によって異なります。遺言書がある場合は原則として遺言書の内容に従いますが、遺言書がない場合は相続人全員で話し合う遺産分割協議を行います。このような遺産分割協議が必要なケースでは、不動産を売却するまでの大まかな流れは以下のようになります。
- 不動産の売却が必要か確認する
- 相続人全員で遺産分割協議を行う
- 不動産会社と契約し、不動産の売買を行う
ここでは、相続財産の不動産を売却するまでの一般的な流れについて説明します。
1.不動産の売却が必要か確認する
相続財産に不動産があった場合、まずその不動産の売却が必要かどうか確認しましょう。売却が必要な主なケースには、被相続人の家に住む予定がないケースや、不動産以外に価値のある財産がないケースなどが挙げられます。以下で主なケースについて解説します。
被相続人の家に誰も住む予定がない
被相続人の家に住んだり、貸し出したりする予定がない場合は売却するほうがよいです。
不動産は所有しているだけで修繕費が必要になったり、税金が課されたりします。特に倒壊などの危険がある場合は注意が必要です。倒壊の危険があり特定空き家に指定された場合には、固定資産税の住宅用地特例が使えなくなり、従来よりも6倍も多く税金が課されます。
特定空き家とは
空家等対策の推進に関する特別措置法第2条2項で定義されている空き家のこと。倒壊の危険性がある状態、著しく衛生上有害となる恐れがある状態、著しく景観を損ねている状態、その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切な状態のいずれかに該当する空き家を指します。
不動産以外に価値のある相続財産がない
相続人が複数いるのに、不動産以外の財産がない場合も、売却を検討するほうがよいです。
遺産分割協議で相続人全員が納得し、誰かひとりが不動産を相続することもありえます。しかし、それでは不公平感が強いため、あとから揉め事になる可能性が高いです。そこで換価分割といって不動産を売却し、手に入れた金銭を公平に分配する方法が採られます。
換価分割とは
不動産や有価証券(株式)といった現金・預貯金以外の財産を売却し、それで得た代金を分割する方法のこと。財産を現金にする分割方法なので、相続人が公平に財産を相続できるというメリットがあります。ただし、財産を手放す必要があり、そのまま財産を活用することができなくなります。
相続税の納税資金を十分確保できていない
相続税の納税資金が用意できない場合も、不動産の売却を検討するほうがよいでしょう。
相続税は、相続財産の課税価格が「3,000万円+法定相続人の数×600万円」を超えた場合に課されます。そして、税金は現金で納めるのが原則です。被相続人の現預金や相続人の貯金が少ない場合は、不動産を売却するなどして納税資金を工面する必要があります。
遺言書を使った清算型遺贈が行われていた
被相続人は、遺言書を使い不動産の売買代金を相続人に相続させる清算型遺贈を行えます。
たとえば、遺言書に「遺言者の有する不動産を遺言執行者に換価処分させ、換価金から諸費用を控除し相続人に相続させる」などと書かれているケースです。このような文言が書かれている遺言が見つかった場合は、被相続人の不動産は遺言執行者によって売却されます。
2.遺産分割協議を行う
相続人が複数いて遺言書がない場合は、遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割協議とは、相続人全員で誰がどの相続財産を相続するかについて話し合う手続きのことです(民法第907条)。協議をする前に、相続人調査や相続財産調査などを行っておきます。そして日にちを調整し、相続人全員で財産の分割方法について話し合います。
話し合いがまとまれば、全員の署名・押印がある遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書とは、合意した分割内容を記した書類のことです。相続登記をはじめ、自動車の名義変更、金融機関での手続き、相続税の申告など、さまざまな場面で提出を求められます。
なお、遺産分割協議が不成立の場合は、遺産分割調停に移行するのが一般的です。遺産分割調停とは、家庭裁判所の裁判官と調停委員が間に入り、解決策の提案などをしてくれる手続きのことです。また、調停も不成立なら、裁判官が決定を出す審判に自動的に移行します。
3.相続登記の手続きを行う
遺産分割協議が無事に終わったら、不動産を売却するために相続登記の手続きを行います。
相続登記をするにあたり、まず戸籍謄本などの取得と登記申請書などの作成が必要になります。登記申請書とは、登記の申請をするために法務局に提出する書類のことです。法務局の窓口で交付してもらったり、法務局のWebサイトからダウンロードできたりします。
申請書に相続人の名前や不動産の情報などを書いて完成させたら、戸籍謄本や遺産分割協議書などの添付書類と一緒に綴じます。なお、原本の返還を希望する場合は、「原本と相違ありません」と記載した登記申請書一式のコピーを作成しておくとよいでしょう。
申請書・必要書類を用意できたら、法務局に対して申請を行います。申請方法には窓口への持参、郵送、オンラインの3種類があります。提出書類に間違いや不備がなければ1週間程度で受理され、法務局から登記完了証と登記識別情報通知書が交付されます。
必要書類は登記申請書や戸籍謄本など
相続登記では、以下の必要書類を添付して提出する必要があります。
必要書類 |
遺産分割協議の場合 |
遺言の場合 |
登記申請書 |
○ |
○ |
遺産分割協議 |
○ |
× |
遺言書 |
× |
○ |
相続関係説明図 |
○ |
○ |
被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本 |
○ |
○ |
被相続人の住民票の除票または戸籍の附表 |
○ |
○ |
法定相続人の戸籍謄本 |
○ |
○ |
法定相続人の印鑑証明書 |
○ |
× |
法定相続人の固定資産課税証明書(明細書) |
○ |
○ |
法定相続人の住民票 |
○ |
○ |
通常、遺産分割協議を行った場合は、被相続人の戸籍謄本や固定資産課税証明書は取得していることが多いです。申請者自身の戸籍謄本・印鑑証明書・住民票などの足りない書類を取得し、申請までに登記申請書や相続関係説明図を作成しておきましょう。
費用は不動産の価額×0.4%+必要書類の取得費用
相続登記では、登記の手続き費用と必要書類の取得費用が必要になります。
登記の手続き費用は、原則「不動産の価格×0.4%」で計算します。不動産の価格は、市区町村が交付する固定資産課税明細書や固定資産税課税証明書で確認できます。金額分の収入印紙を何も書いていない台紙に張り付けて、登記申請書と一緒に綴じて提出しましょう。
また、戸籍謄本、住民票、印鑑証明書などの取得費用もかかります。地域や取得方法によって異なりますが、通常は1通あたり300~700円程度でしょう。郵送で交付を受ける場合は切手代がかかり、窓口で交付を受ける場合は交通費を負担する必要があります。
期間は不備がなければ1週間程度が目安
通常、相続登記の提出資料に不備がなければ1週間程度で受理されます。ただし、あくまで目安であり、繁忙期ではより多くの時間がかかります。また、不備があった場合も、法務局に補正を求められたり、呼び出されたりするため時間がかかってしまうでしょう。
4.相続した不動産の売買を行う
相続した不動産は、通常であれば不動産会社を通じて売却することが多いです。
売買を依頼する不動産会社が見つかったら、媒介契約を締結します。媒介契約には一般媒介契約、専属媒介契約、専属専任媒介契約の3種類があります。それぞれの主な違いは、以下のとおりです。
|
一般媒介契約 |
専任媒介契約 |
専属専任媒介契約 |
複数社への依頼の可否 |
○ |
× |
× |
自己発見取引の可否 |
○ |
○ |
× |
おすすめのケース |
立地などがよい場合
時間をかけられる場合
|
自分で売却活動ができない場合
立地などの条件が良くない場合
できる限り早く売りたい場合
|
自分で売却活動ができない場合
立地などの条件が良くない場合
できる限り早く売りたい場合
|
一般媒介契約は複数の不動産会社と締結できますが、専属媒介契約・専属専任媒介契約は1社としか締結できません。また、専属媒介契約と専属専任媒介契約では、売主自身が買い主を見つけられるかどうかが異なります。通常は、自分で売主を見つけられる一般媒介契約か専任媒介契約がおすすめです。あとは、売主の希望や物件の状態などによって締結する媒介契約を決めるとよいでしょう。
不動産の買主が見つかったら、売主と買主が売買契約を締結します。売買契約をするにあたり、まずは宅地建物取引士による重要事項説明の読み合わせがあります。それから契約書に署名・押印し、引き渡しの日までに買主から手付金が支払われるのが一般的です。
引き渡しの日になったら、各種支払いや登記手続きなどが行われます。不動産の所有権移転登記もこのタイミングで行われ、通常は司法書士に依頼することが多いでしょう。これらの手続きを終えて、買主に不動産の書類や鍵を渡したら、引き渡しは完了となります。
相続した不動産をできる限り早く売却するコツ
相続財産の不動産を売却するには、遺産分割協議、相続登記、不動産売買というステップを踏む必要があります。そのため、相続の発生から実際の売却までには、多くの時間を要します。ここでは、相続して手に入れた不動産をできる限り早く売却するコツを紹介します。
1.不動産の遺産分割協議を優先して行う
一般的に遺産分割協議では、全ての相続財産に関して話し合いをします。
しかし、実は遺産分割協議は複数回に分けても問題がないため、不動産に関する協議だけ優先して進めることができます。また、不動産しか記載されていない遺産分割協議書でも有効です。法務局も不動産のみの遺産分割協議書で相続登記の申請を受け付けてくれます。
遺産分割協議は、相続財産が多い、分割方法で揉めているなどの事情があると、多くの時間がかかります。このような場合には有効な手段といえるでしょう。
2.相続登記の申請手続きを司法書士に依頼する
相続登記をスムーズに行いたいなら、司法書士に依頼するのがおすすめです。
相続登記の手続きは、相続人自身でもできます。しかし、登記申請書や相続関係説明図を作成したり、作成した申請書を提出したりするのに手間がかかります。また、提出した書類に不備や間違いがあった場合には、登記官の指示に従い補正をしなければなりません。
その点、司法書士に依頼すれば相続登記の手続きに不備が少なく、短時間で受理される可能性が高まります。司法書士には相続登記の手続きだけでなく、相続発生直後の相続人調査なども依頼できます。相続自体を迅速に終わらせるために依頼を検討するのもよいでしょう。
3.相続登記の前から不動産会社に相談しておく
不動産会社との売却相談は、相続登記をする前でもできます。
事前に相談することで、不動産を査定してもらえたり、売却する際のアドバイスを得られたりします。また、複数の不動産会社と相談しておけば、どこと媒介契約を締結するべきか決めておけるでしょう。これによりスムーズに不動産を売却できる可能性が高まります。
不動産会社を選ぶ際は、過去の取引実績、インターネット広告の有無、見込み客の有無、担当者の営業能力などが重要になります。相談する際はこれらを確認しつつ、その不動産会社が信用できるかどうかを見極めるようにしましょう。
「相続登記の特約」でリスクを回避するのもおすすめ
不動産の売買契約を締結する際に、相続登記の特約をつけることもできます。
相続登記の特約とは、所有権移転登記の時期までに売主が相続登記を完了させることを約束する特約です。また、売主が誠実に手続きを行ったにもかかわらず相続登記ができなかった場合には、違約金や遅延損害金を支払わずに解除ができるという項目も含められます。
ただし、このような特約を認める買主は少ないでしょう。また、遺産分割協議が完了していない段階では、そもそも不動産会社が媒介契約に応じないケースも多いでしょう。
2024年より相続登記は義務化!登記しないデメリット
相続登記は、不動産を売却するために欠かせません。しかし、不動産を売却できないだけでなく、相続登記をしないと過料を科されたり、トラブルに巻き込まれたりする可能性もあります。そこで、不動産の相続登記をしないことで生じるデメリットについても確認しましょう。
1.10万円以下の過料を科される可能性がある
従来、相続登記をしなくても相続人に対する罰則はありませんでした。しかし、2024年4月1日より相続登記の申請が義務化されます(新不動産登記法第76条の2)。
正当な理由がないのにこの相続登記の申請を怠った場合、10万円以下の過料を科される可能性があるので注意しましょう(新不動産登記法第164条第1項)。
2.不動産の権利・義務に関するトラブルが生じる
不動産の相続登記をしない場合、以下のようなデメリットもあります。
- 固定資産税を負担する
- 第三者に権利がわたる
- 家賃を受け取れない など
相続登記をしていない場合でも、その不動産に関する義務は負います。固定資産税を納める必要はありますし、不動産の老朽化などが原因で他人をけがさせたら損害賠償を請求される可能性があるでしょう。隣人とのトラブルが起きる可能性もゼロではありません。
また、相続登記をしていない不動産は、相続人全員の共有財産です。そのため、相続人の誰かが勝手に自分の持分を売却したり、相続人の債権者が持分を差し押さえたりするリスクがあります。こうなると本来の相続人は、その第三者に対して所有権を主張できません。
相続する不動産が賃貸物件だった場合、相続登記をしていないと借主から家賃を受け取れない可能性があります。また、新しく貸し出そうと思っても、相続登記をしていない物件を仲介してくれる不動産会社は多くありません。不動産の活用の面でもデメリットがあります。
3.子孫が相続登記をする際に負担が増えてしまう
相続登記をせずに自分が亡くなった場合、相続人に以下のような迷惑がかかります。
- 祖父母と親の分の相続登記が必要になる
- 書類を取得するための負担が増える
- 相続人同士の権利関係が複雑になる など
相続登記がされていない不動産を相続する人は、原則として祖父母と親の2回分の相続登記を行います。子どもが相続する頃には、戸籍謄本などの入手が困難になっていたり、権利関係が複雑になっていたりして、負担が増える可能性も考えられるでしょう。
なお、親が相続したことがわかる遺産分割協議書などが残っていれば、不動産の名義を祖父母から孫などに直接変更する「中間省略」ができる可能性はあります。しかし、この場合であっても1回目の相続人を確定させるなど、通常より手間はかかるでしょう。
まとめ
相続財産の不動産は、相続登記せずに売却できません。仮に売買契約を締結したにもかかわらず、引き渡しの時点で所有権移転登記ができなかった場合、買主から売買契約を解除されたり、違約金を請求されたりするリスクがあるので注意が必要でしょう。
不動産の売却をできる限り早く行いたいなら、遺産分割協議、相続登記、不動産売買というそれぞれの段階をできる限り早く終わらせることが重要です。司法書士に相続登記の申請を依頼したり、早い段階から不動産会社と相談したりしておくことをおすすめします。
なお、相続登記は2024年4月1日より義務化されます。正当な理由なく相続登記をしていない場合、10万円以下の過料を科される可能性があります。不動産売買ができないだけでなく、ペナルティも課されるため、できる限り早く相続登記の手続きを行いましょう。
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