
賃貸物件の貸主には、入居者との賃貸借契約の更新を拒否したい事情が発生することがあります。
賃貸借契約のパターンによって、契約更新の拒否が容易か難しいかが変わってきます。
この記事では、2つの契約パターンの概要とそれぞれの契約更新拒否について解説していきたいと思います。
目次
「定期借家契約」の場合、契約更新は無い
契約更新を拒否したい相手との契約が「定期借家契約」なら、期間満了時になれば問題なく更新拒否できます。言い換えると、そもそも契約の更新が無いのが定期借家契約です。
定期借家契約とは、原則として契約を更新することがなく、一定の期間に達した時点で終了する賃貸借契約のことを指しています。
例えば「定期借家2年」という条件付きの物件に入居した人は、入居後2年が経過すれば賃貸借契約は終了するので退去しなければなりません。
定期借家契約を結びたい場合は、普通借家契約に一定の要件をプラスした内容で契約します。
例えば、賃貸借契約書に「期間満了後の更新は無い」ことをはっきり記載したり、賃貸借契約書とは別に定期借家に関する書類を用意し、契約締結時に借主に交付して内容を説明するなどの手続きが必要です。
定期借家であることが賃貸借契約書に記載されていない場合や、定期借家についての書類の交付や説明がなされていない場合、定期借家としての契約はされておらず普通借家契約の効力のみ発揮されることになります。
当然ながら口約束では無効ですし、要件を満たさない書類を交わしただけでは定期借家契約を結ぶことはできません。なお定期借家の契約書は、公正証書によって作成するのがベストです。
定期借家契約は、一般のアパートやマンションなど居住用の物件だけでなく、店舗や倉庫などの事業用物件にも適用可能です。
定期借家の期間について
最低期間や最長期間など、定期借家契約の期間についての制限はありません。貸主と借主の間で自由に設定できます。
ただし、特約がない限り賃料の随時改定ができないため、不必要に契約期間を長くすることは避けるべきです。
定期借家契約は、期間が満了すると同時に終了します。期間満了後に、借主が契約の更新を求めることはできません。
ただし、貸主の同意があれば再契約することはできますので、その場合は再び契約書を取り交わすことで再契約することができます。
定期借家契約の場合、期間満了と同時に当初交わされた契約は終了しているため、契約の「更新」ではなく「再契約」扱いとなります。
契約期間が1年以上に設定されている定期借家については、契約期間の満了について貸主が借主へ事前通知することが義務付けられています。これを「終了通知」と呼びます。
時期は、期間満了の1年前から6カ月前までです。
期間満了まで6カ月を切ってから終了通知があった場合は、借主が終了通知を受けた日から6か月後に定期借家契約が終了することとなります。
終了通知は、契約書に記載があるかないかに関わらず行われるべきものです。しかし可能な限り、契約締結時に終了通知の存在と終了通知を行う時期を借主に告げておき、契約書にその旨を記載しておく方が安心です。
そうするなら、契約期間についての借主の意識を高め、終了通知を巡るトラブルも予防することができるでしょう。

ワンポイントアドバイス:定期借家契約は非対応の不動産会社もある
賃貸借契約の多くは、普通借家契約で結ばれているケースがほとんどです。
定期借家契約となると、通常とは違う手続きが必要になるため、不動産会社によっては非対応の場合もあるため覚えておきましょう。
定期借家契約は、契約前にきちんと借主にリスクなどを説明しておかないと、トラブルになるケースが多く、そのための説明書類が増えるため、不動産会社も乗り気ではないことがよくあります。
定期借家契約で募集をしたい場合については、事前に契約手続きが可能であるか、不動産会社に確認しておくことが重要です。
定期借家契約のメリット・デメリットについて
定期借家は、2000年3月1日から施行されている比較的新しい制度です。
定期借家契約は、従来の普通借家契約と異なり貸主側の都合に合わせた賃貸借契約を行うことができるので、貸主側のメリットが大きい契約パターンです。
具体例を挙げると
「一定の年数だけ海外勤務することになったので、日本を離れる間だけマイホームを貸したい」
「あと〇年経ったら取り壊すつもりだが、住めないわけではないのでそれまでの間だけ貸したい」
など、賃貸借可能な期間を定めなければならない貸主にとっては、定期借家という選択肢が魅力的なものとなるでしょう。
悪質な入居者に悩まされたことのある貸主にとっても、定期借家であれば問題がある入居者については期間満了と同時に退去させられるため、安心感のある契約パターンです。
しかし、契約更新をしなくてよいからと言って、安易に定期借家とすることもできません。
入居者を募集することが難しくなるためです。ほとんどの借主は、すぐ退去するつもりで賃貸物件を探すことはありません。
引っ越しにはまとまった費用や労力がかかるので、気に入った部屋に落ち着いて長く住みたいと思うのが一般的です。
特別な事情のない借主であれば、短期間しか住めない定期借家は敬遠することでしょう。このような借主側のデメリットを踏まえ、相場よりも安い賃料で募集しなければ入居者が見つかりにくいことも定期借家の難点です。

「普通借家契約」の場合、契約更新拒否は困難
普通借家契約では、契約更新を拒否することは非常に難しくなります。普通借家契約とは、最も一般的な賃貸借契約の形態のことです。
入居の期限が定められることはなく、原則として契約は更新されていくことになります。
借主側が中途解約を申し出た場合は、契約内容に従った手続きを踏むことで解約が可能になります。
ただし、貸主側の都合で契約更新を拒否したい場合は「正当事由」が必要になります。
民法が規定するところによると、契約更新時期に借主が物件の使用を継続しており、貸主がそれを知りながら異議を唱えない限りは、契約を更新したものとみなされることになっています。これは「黙示の更新」と呼ばれる概念です。
一方、借地借家法では、民法の原則を大幅に修正した「法定更新」を認めています。
貸主が、契約期間満了の1年前から6カ月前に更新拒否の旨を正当事由に基づき通知すれば更新拒否は可能になりますが、通知が無い場合は、従来の契約内容で更新したものとみなされます。
さらに、更新拒否の通知をし期間満了を迎えた後も、借主が引き続き物件を使用していることについて貸主が遅滞なく異議を唱えない場合は、従来の契約内容で更新したものとみなされます。
つまり法定更新とは、借主と貸主の間で契約更新に関する意向が異なるとしても、借主が物件に住み続けており、それに対し貸主が異議を述べない場合は、自動的に更新されるという規定です。
一般的に、借主は貸主よりも経済的に弱い立場にいるため、生活の基盤である住居を失うことによって困窮する可能性があります。法定更新は、借主を保護するための取り決めでもあります。
普通借家契約で契約更新を拒否するための「正当事由」とは何か
「正当事由」とは、更新拒否が妥当であると言える事情、もしくは事実のことを意味しています。では、正当事由と呼ばれるものには何が含まれるのでしょうか。4つの例をご紹介します。
1.十分な立退料を支払うこと
立退料とは、貸主の都合で借主に退去を求める場合、貸主から借主に支払われる金銭のことを指します。
具体的には、借主が新しい家を見つけて契約するための費用や、そこへ引っ越すための費用に相当する額、店舗として使用されていた物件であれば営業補償などを考慮して、立退料の金額が決まります。
さらに、正当事由に相当すると認められる立退料とするためには、借主が物件を使用していた年数も考慮しなければならないでしょう。
賃貸物件の場合は居住年数が長ければ長いほど、借主はその地域の環境や習慣、気候に順応し、愛着を抱いている可能性が高いものです。
近隣の人々との親しい人間関係も、借主が長年生活する中で培ってきたひとつの財産です。
店舗などの事業用物件であれば、その地域で築いてきた評判や顧客との信頼関係は事業を継続する上で非常に重要な資産であり、別の場所に移転することで被る損害は軽視できません。
立退料の算定にあたっては、借主が長年生活の本拠地としてきた地域を去ることの重大さと損失を、十分考慮しなければなりません。
その上で十分な立退料を支払うなら、契約更新を拒否することについての十分な代償が支払われたことになり、正当事由が認められるでしょう。

2.貸主の状況の変化
貸主の側に、やむを得ない事情が発生することもあります。
例えば、貸主の居住している建物が経年劣化や災害、事故などでひどいダメージを受け、引き続き居住することが困難になるかもしれません。
修繕して何とかなる状態ではないのなら、借主に借している建物を取り戻し、自分の生活の場とする他ない場合もあります。
このようなケースが正当事由に該当するかどうかは、貸主の家が被ったダメージがどれほどのものか、修繕の余地がないことが明らか、代わりに居住できる建物を他に持っていないかなどの要素に左右されるでしょう。
貸主にはどうしようもない事情として、相続発生による貸主の交代もあります。
貸主であった人が亡くなれば、物件に関する権利は貸主の配偶者や子供などの相続人へ移行します。
物件の新しい持ち主となる人が賃貸経営を引き継ぐこともありますが、経済的に逼迫している場合は相続税の支払いのために物件を売却しなければならないことも考えられます。
このケースでは、相続税の支払いのために物件の売却がどうしても必要か、という点がカギとなるでしょう。貸主の個人的な事情が正当事由と判断されるためには、事情の深刻さが重要になります。
3.物件の劣化
契約中の賃貸物件が老朽化したり、地震や台風などの被害を受けることで、居住に適さない状態になることもあります。
このケースは借主側の身体の安全に直接関係することなので、正当事由と認められやすくなるでしょう。
それでもやはり、軽微な地震などで倒壊のおそれがあるほどに危険が切迫しているのか、それとも修繕の見込みがあるのかによって、正当事由としての重みが変わってきます。

4.借主の債務不履行による信頼関係の破壊
借主が、賃貸借契約を誠実に履行しないために貸主との信頼関係が損なわれた場合は、貸主は民法541条の規定に基づき、契約の解除をすることができます。
正確に言えば、信頼関係の破壊による契約解除は、契約期間満了後の更新拒否とは制度自体が違うため、契約更新を待たずに着手することが可能です。
しかし現実には、迷惑な借主の存在を何とかしたいと考えつつも極力穏便に退去させるため、契約更新の拒否という手段を検討する貸主も多いことでしょう。
借主の債務不履行に該当するのは、下記のような行為です。
・物件を、契約内容と異なる目的で使用している
・物件の利用状況が著しく不適切である
よく貸主を悩ませる問題のひとつは、賃料の滞納です。多くの場合は契約書に「〇カ月以上賃料を滞納した場合は予告なく契約解除する」などの文言が入っていることでしょう。
しかし実際には、記載通りの期間賃料を滞納したのですぐ契約解除ということはできません。
債務不履行に加え、信頼関係の破壊があって初めて、貸主の側から一方的に契約解除することが可能になります。
賃料滞納問題における信頼関係の破壊とは、契約書に記載されている期間もしくはそれ以上の期間に渡って賃料の支払いが滞り、なおかつ借主側に支払いの意思がないことが明らかである場合に認められます。
また、支払いの約束をしたにもかかわらず繰り返し約束を反故にした場合も、信頼関係の破壊がなされたことになるでしょう。
居住目的で契約した物件を、店舗や事務所として使用することも債務不履行に該当します。賃貸借契約書では、契約で定めた以外の用途では使用できないという「用法遵守義務」を定めているはずだからです。
賃料滞納の時と同様、信頼関係の破壊があるとみなされるためには、本来の目的外の使用をやめるよう繰り返し催告したにもかかわらず借主がそれを改めようとしない、などの状況でなければなりません。
借主には、借りている物件を常識の範囲内で綺麗に保ち、自分の所有物を扱うのと同様の意識を持って丁寧に取り扱う義務があります。これも用法遵守義務の一部です。
著しく乱暴な使い方をしていることによって、ドアや窓ガラス、共用部分が破損するようなことがあれば、貸主は借主に対し損害賠償を求めることができます。
また、乱暴な使い方を一向に改めようとしない場合には、信頼関係の破壊が起きたとして契約解除することも可能になります。
バルコニーや共用部分、建物の周囲に大量のゴミを放置するなどして物件を著しく不衛生にし、改善するようにという再三の勧告に従わない場合も同様です。
正当事由は必ず認められるわけではないので注意
過去の判例でも正当事由として認められてきた4点をご紹介しました。
4番目の債務不履行については、正当事由云々という問題を超えた事態でもあるので、更新時期がやってくる前に契約解除することも検討しましょう。
ただし、上記のようなケースのいずれか1点に該当していればそれで正当事由が成立する、というわけでもありません。
正当事由を争った過去の裁判においては、契約拒否に至った貸主の事情と借主の事情、借主との契約期間の長さや物件の状態、両者間のトラブルが原因であればその度合いなど、複合的な要素を客観的に考慮した上で判決が下されています。
正当事由が認められるかどうかは、ケースバイケースとなるでしょう。
ワンポイント豆知識:サブリース契約も考え方は同じ?
賃貸経営をしている大家さんの中には、不動産会社とサブリース契約を結んでいる人もいるかと思います。
不動産のサブリースとは、大家から不動産会社が物件を一括で借りて、それを不動産会社がエンドユーザーに貸すという形態で、大家に払う保証家賃と、エンドユーザーからもらう家賃の差額が、不動産会社の収入となります。
実は、サブリース契約の解除についても、普通借家契約の解除と同じ考え方が用いられるのです。
そのため、大家がサブリース契約を解除して、自分で自主管理したいと考えても、不動産会社が応じてくれなければ、正当事由がない限りサブリース契約の解除ができません。
サブリース契約書に解除条項や違約金条項があるケースもありますが、あくまで正当事由がある場合にしか適用できないと主張される可能性があるため注意が必要です。
サブリース契約という名称が、かえって大家を惑わしてしまうのですが、実際は不動産会社との「転貸を許可した」普通借家契約と性質は同じなのです。
管理委託契約であれば、解除することも可能ですが、サブリース契約については、管理を依頼するという意味では同じかもしれませんが、契約上の性質や権利関係は全く異なりますので、十分注意しましょう。

契約更新に関するトラブルは、弁護士に相談を
正当事由に基づく契約更新拒否を提示して、借主がすんなりと受け入れてくれれば何の問題もありません。
しかし実際には、借主に何かの落ち度や問題点があるため、更新拒否をして出て行ってもらいたいと考えている貸主も多いでしょう。
借主との話し合いでは解決できそうにない場合は、問題が大きくなる前に弁護士に相談しましょう。
借主に落ち度はないが契約更新拒否に応じてくれない場合や、借主の側に債務不履行などの重大な過失があるので更新拒否あるいは契約解除したい場合、両者の意見は対立しているのでトラブルに発展していくことになります。
当事者だけでトラブルを解決することはほぼ不可能です。そして、貸主側に有利な結果を勝ち取ることも難しいでしょう。
現行の法律は、貸主よりも借主の権利や保護を重視しています。ですから、賃貸物件の退去に関係するトラブルの場合は、貸主が不利な状況に追い込まれる可能性が高くなることをよく理解することが重要です。
裁判をする家賃滞納期間の目安とは?
家賃を支払わないまま、退去もしない入居者については、上記のように裁判によって明け渡しを求めていくしかありません。
では、どの程度の家賃滞納があった場合に、裁判手続きに移行していく必要があるのでしょうか。結論から言うと、3カ月以上の家賃滞納が一つの目安になります。
家賃滞納を理由として建物の明け渡しを求める場合、ある程度の滞納期間が必要であり、その目安となるのが、過去の判例などを参考にすると、概ね3カ月といわれているのです。
賃貸借契約書などで、3カ月よりも短い期間で解除すると記載しているケースもありますが、裁判上で認められるのは、3カ月分以上の滞納実績と考えたほうがよいでしょう。また、あまり放置しすぎることも危険です。
基本的に滞納家賃を回収するためには、滞納額が払える間に、法的手段に踏み切ることが重要になります。
例えば、家賃5万円のアパートを3カ月滞納した場合、滞納家賃は15万円ですが、1年滞納したら60万円になってしまいます。
普通に考えて、5万円を支払えない人が、60万円を支払うことは不可能なケースがほとんどです。
連帯保証人に請求するにしても、金額が大きすぎると、全額回収が不能になったり、回収までに長い期間がかかってしまうため、できる限り早い段階で動き始めることがとても大切です。

勝手に鍵を換えてはいけない
ちなみに、家賃滞納が発生すると、部屋の鍵を勝手に交換してしまう大家さんがいますが、これはトラブルになりますので絶対にやめましょう。
賃貸借契約を結んでいる以上は、緊急事態の場合を除いて、勝手に借主の部屋に立ち入ることはできません。
家賃を支払わないからといって、勝手に鍵を交換すると、借主からものがなくなった、などの反撃にあう可能性があるため注意が必要です。
また、過去に勝手に入居者の部屋の鍵を交換して、のちに借主に訴えられたケースを見てみると、ほとんどの場合で、借主の主張が認められているようです。
たとえ、予告していたとしても、鍵を交換する行為については、法律で言うところの「自力救済」に該当するため、絶対にすることはできません。
部屋の鍵を交換したい場合は、必ず裁判によって勝訴した上で、強制執行によって行う必要がありますので、覚えておきましょう。
悪質な借主を退去させる場合の裁判手続きについて
悪質な借主を強制的に退去させなければならないケースでは、裁判手続きも必要になります。
貸主が有利な判決を得るためには、早めに信頼できる弁護士を付け、アドバイスを受けながら裁判を進めていくのが最善です。
なんとか貸主側の主張を認める判決が出たとしても、貸主にはまだするべきことがあります。
強制執行の申立です。申立を受けると、裁判所の執行官が借主に対し、強制執行の告知を行います。それでもなお借主が退去しない場合には強制執行が実施され、借主は強制的に退去させられることになります。
何はともあれ、問題の借主を追い出せるのであればよい、と考えることはできません。
強制執行には、家一軒分の荷物を運び出して別の場所に運搬するという、引っ越し同然の作業が伴います。その費用を負担するのはたいてい貸主です。
理不尽な話ではありますが、強制執行の段階にまで至った場合、借主にその費用を払わせることはほぼ不可能となります。
その上、空になった部屋に新しい入居者を入れるためには、ハウスクリーニング費用やリフォーム費用も必要です。敷金からいくらか補てんできるとしても、焼け石に水程度でしょう。

まとめ
弁護士は、トラブル解決までに貸主にかかってしまう金銭的・精神的・身体的負担を少しでも軽減するよう、緻密な戦略を練って動きます。
貸主が裁判所に出頭しなければならない場合でも、弁護士が付いていれば代理人として面倒な手続きに対応してくれることがあります。
法のプロが第三者として仲裁に入ることで、借主の側も態度を軟化させる場合があります。
ですから、弁護士への相談が早ければ早いほど解決までの時間も短くなり、かかる費用も抑えられるのです。